弓道の試合会場は、
県内の高校生が集まるため、
駐車場も広く、花壇や針葉樹など
植えられていて
整っていた。

天候にも恵まれて、気持ちもどことなく
晴れやかだった。

デザイナーが設計されたのか、
斜めに下がる屋根の黒い建物の中に
皆、弓道道具を持って、
次々と中へ入って行った。

保護者などの観客は、体育館ホールの
座席があった。

バスとは、別に雪菜の両親は、
自家用車で後を追いかけては、
上の方に座り、
様子を伺っていた。

「なんだか、こっちまで緊張してくる。
 いろはちゃんの時はどうだったんだろう。
 雪菜、大丈夫かな。」

 菜穂は、手元にハンカチを握りしめて、
 座席からそわそわと立ったり座ったりと
 袴姿の雪菜を目で追いかけた。

「緊張しすぎじゃない?
 菜穂が参加するわけじゃないんだから。」

 龍弥は、菜穂の背中をよしよしと撫でて、
 落ち着かせた。

「いろはの試合の様子は、見たことないけど、
 じいちゃん、ばあちゃんに聞いた話では、
 あいつは、本番でも堂々とした姿してたって
 言ってたわ。
 ま、雪菜もおっちょこちょいなとこ
 あるけど、
 ああいうのは、平気なんじゃないの?
 そうでなければ、
 部長つとまらんでしょう。」

「そうなんだ。
 やっぱり、雪菜が
 弓道やりたくなったのって
 おばちゃんの影響あるんでしょう。
 いろはちゃん、全国大会まで行ったって
 聞いたから。
 県大会優勝トロフィー見て、
 すごいねって感心したのを
 雪菜が小学生の時に見てたから。」

「へぇ、そうなのか。
 それは初めて知ったかもな。
 学校での部活は見たことないし、
 実際の弓道見るのも初めてだからな。
 しっかり動画撮らないと…。」

 龍弥は、ズボンのポケットから
 スマホを取り出して、準備していた。

電子掲示板に
第一射場の男子団体戦メンバー5名が
表示された。
雪菜と同じ高校の生徒の平澤凛汰郎をはじめ、
1年2年の部員生徒たちが書かれていた。

 試合では、1人4射ずつはなたれ、
 的にあったら○となり、
 外れてしまったら、×となる。
 その○になった数で競い合う。
 5人で4射で平均12射以上打てれば、
 成績が良い方だ。

 凛汰郎が一番先に放つ大前というポジションだった。
 大前は、一番最初の1射目を中てることで
 流れを作る。
 チームの主将やエースがこの
 役回りになることが多い。

 3年で副部長でもある凛汰郎は、
 動じることもなく、
 集中して、射法八節を繊細かつ、
 一つ一つを大事に
 行動していた。
 例に見習って、
 後輩たちも緊張感が増し、集中して、
 矢をひくことに専念できた。

 ただ、お互いの協調性がいまだ
 打ち解けていないらしく、
 矢を的に当てられるが、神経が途切れて、
 落ち前の2年 佐々木大我《ささきたいが》と
 落ちの1年 長谷川晴也《はせがわはるや》が
 4射中2射を外してしまっていた。
  他の大前の凛汰郎は全的を中てて、
 ○は全部に記していた。
 弐的の2年鈴木 奏(すずきかなた)は、
 4射中、3射を打ち、
 中の2年及川 浩平(おいかわこうへい)は、4射中、4射中っている。
 本来ならば、中ったときに褒めたり、
 喜んだりするべきなんだろう。
 凛汰郎は、人に媚びを売るのを
 恥ずかしいと思っているため、
 ただ、副部長として、
 拍手を送ることしかできない。
  
  後輩たちは、それを不満に思うことが
 多かった。
 それでも、自分は自分と考える及川は、
 目の前の矢に集中して、
 楽しく競技に参加できていた。

 試合がすべて終わって、休憩していると、
 及川は凛汰郎に声をかけた。

「平澤先輩、
 俺、初めて大きな試合参加したんですけど、
 めっちゃ楽しかったっす。
 なんだか、全然違うんすけど、スマホの
 あれ、ほら、オンラインゲームの銃向けるの
 あるじゃないですか。
 この弓道もそれと似てるなって楽しめました。
 知ってます?
 ナイズドアクト。」

 それは、雅俊と雪菜の弟の徹平も
 ハマってるスマホの
 バトルロワイヤルオンラインゲームだった。

「ああ。知ってる。
 それ、ランク、ダイヤモンドだから。」

 凛汰郎はさらっと答える。
 何でも一番になっていないと
 気が済まないため、
 ランクの最上級に君臨していた。

「マジっすか。
 俺、まだ、マスター止まりっすよ。
 え、んじゃ、今度、一緒にしましょう?」

「……。」

黙っていたため、やりたくないかなと思ったのか、
いつの間にか、スマホを取り出して、
ゲームのIDを送信する気満々だった。

友達が少ない凛汰郎はまさか話しかけて
もらえる
なんてと、心の中ではすごく喜んでいた。
態度と心が一致していない。
顔はこわばっている。

「いいっすよね?
 平澤先輩?」

黙って首を振ってうなずいている。

「あ、ちなみに、
 同じ学校の2年の斎藤雅俊って
 いるじゃないですか。
 そいつもたまに参加するんで、
 ラインも教えてもらっていいすか?
 いつゲームする時間とか…?」

 目がキラキラしていた。
 ゲームを友達とするなんて、
 しかも時間を決めるとは?!
 継続してゲーム相手してくれるとは?!
 と小学生以来の喜びでしかなかった。
 その気持ちが勝り、
 斎藤雅俊という名前をスルーしていた。

「あ、ああ。いいよ。
 はい。ID。」

 凛汰郎は、何ともない表情に戻して、
 ライン交換し合った。
 もう、試合結果どころではなかった。
 自分自身の成績はよかったが、
 団体戦そのものは強豪校が
 そろっていたため、
 惜しくも敗退していた。

 次は雪菜が出るの団体試合だと
 いうのに、
 ゲームの誘いで有頂天になっている
 凛汰郎だった。