「あ、あの……!」
「ん?」
「この体勢、なんでしょうか……!」

すごく、すんごく距離が近い。

腰にまわされた手。
額にかかる吐息。
目線をあげると端正な顔。
動いてしまったら触れてしまう、距離。

一体何でこんなことになったんだ!

あたしは勉強が終わったから、帰る用意を終えて涼村くんを振り返ったのに……!

次の瞬間には、抱きしめられていた。

「……なにって恋人の距離?」
それはそれは爽やかに、涼村くんはにっこり答えてくれた。

や、そうではなくて……!

ちゅっと軽いリップ音が鳴って、首筋に落ちる熱。

「……っ」
そこだけ、どうしようもないくらい発熱する。
「……あの、ここ、学校、なんですが……!!」
「誰もいないよ」
「いや、そうなんだけど……」

心臓が、もたないんですが……!!

こつんと額と額をぶつけて、その瞳があたしを覗き込む。

透き通った、まっすぐな、瞳。

「俺、結構我慢してるんだよね」
心地いい低音の声は、あたしの耳をぞくぞくとさせる。
「だから、ちょっとくらい、ご褒美くれても、よくない?」
「え、あの……」
そのまま涼村くんは唇の熱を目許に落とす。

こめかみ、頬、そしてゆっくりと唇へ。

――心臓が、破裂しそう。

でも唇に熱は行くことなく、そのまま離れていった。

あれ……?

思わず閉じてしまっていた目を開けてみると、彼はにっこり満足そうな顔。

「じゃ、帰ろうか」
「え、あ、うん……」
なんだ。と拍子抜けするあたしに、彼はさらに笑みを深くした。
「――残念?」
「え、そんなこと……!」
言い終わる前に唇に熱が。
その端正な顔立ちは、あたしの心をどうしようもなくかき乱す。

「ん、帰るよ」
堪能した彼はすっかり上機嫌で、あたしの手をとった。
ぎゅうっと遠慮なく隙間に入る指。

なんか、やられっぱなしなんですが……!
それが無性に悔しいやら恥ずかしいやら。

「あ、そうだ、卯月」
「……?」
振り返る彼の顔は、意地悪そのもので。

「我慢してるってのはほんとだから、覚悟しといてね?」


……彼はやっぱりタチが悪いです。


Fin