薄暗闇の中。
凍てつくような寒さもシンと冷えた空気も変わらないけれど、
繋いだ手だけは別世界にいるかのように温かかった。
この間まであいていた人一個分の距離は、もうあいていない。
少し動けば触れてしまいそうなその距離に、あたしがようやく慣れてきたころ、涼村くんは口を開いた。

「佳耶は、いとこなんだ」

い、とこ?
だから、名前呼びなのか。
距離感が近い理由がわかって、知らずに胸をなでおろした。

「佳耶がほんとに好きなのは、兄ちゃんだよ」
「……お兄さん?」
「そ。文兄ってのは兄ちゃんのこと。女の子とっかえひっかえって前いっただろ?」

そういえば、ちゃらいっていってたな。
何でもできちゃう涼村くんのお兄さん。

「違う女の子毎回連れて歩くけど、佳耶にだけは手出したことないんだ。それに傷ついて、どうしようもなくなって自分の気持ち誤魔化してんだ」
「なんでそんなこと、わかるの?」
「見てたらわかるよ。佳耶がヤンキーだったのも、兄ちゃんが昔荒れてたから、それについていってたんだろうし」

……へ、へえ。
え、というか。

「涼村くん、佳耶さんがヤンキーだって知ってたんだ」
「え? そりゃ知ってるでしょ。いとこだし、母親からも情報来るよ」
それなのにあんなにきゃっきゃうふふで近づける佳耶さんもすごい。
「で、俺につきまとってるのは兄ちゃんに嫉妬してほしいから。あいつは俺のこと好きって勝手に思い込んでるみたいだけど」
いい迷惑だよ、ほんと。とため息をつく。
「でも本当に、好きなのかもしれないよ」

少なくともあたしは、佳耶さんは涼村くんのことが好きなんだと思った。
全部、違うとは思えなかった。

「佳耶は単純だからな。そう思い込んで、無意識に文兄のこと忘れようとしたんだと思うよ」
それに、と涼村くんがあたしの顔を覗き込んで、満面の笑みを向ける。
「佳耶が本当に俺のことを好きでも、関係ないよ。俺は、卯月が好きだし、その気持ちは変わらないんだから」

きゃああああああ!!
神様、涼村くんにあたしきゅん殺しさせられます!!

言葉の破壊力についていけません!!

「……安心した?」

あたしはぶんぶんうなずいて、少し距離を置いた。

なんてったって心臓に悪い。
涼村くんはそんなあたしの様子に、ふわりと笑って頭を一瞬撫でた。

ああ、もう。涼村くんのでれっぷりがやばい……。

死ぬ。
あたしの心臓がもちそうにないです。

「そういえばさ」
不意に涼村くんは話題を変えて、あたしに意地悪な笑みを浮かべた。
「好きなやつって俺だったんだね」

……!
今、それを持ち出しますか……!

「おかしいと思ったんだ、前いないっていってたのにって」
「うっ。だって、涼村くんは義務感で付き合ってくれてると思ってたし、好きな人いるなら惨めだし……」
「俺は自分がしたいことしかしない。……役得だって、思ってたし?」
「――え?」
「めっちゃ焦ったんだから、変な誤解する前にこれからはきちんと確認すること。約束」
軽くデコピンをかまされ、そのまま前を向いてすたすた歩く。
あたしは引っ張られながら、今の言葉を反芻していた。

え、とそれってつまり……?

「あのさ、点数はとれなかったけど、焼肉いこっか。今度」
「う、うん!」
サッと話題変換をされ、さっきのことは聞けなくなった。

それでも。
二人の時間が流れ出したことは、たまらなく嬉しくて、幸せだった。