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あれから噂は、驚くべき速さでシフトチェンジした。
学校一有名な彼の“恋人発言”は相当にインパクトが強かったらしく。
あたしへの視線は別の意味での好奇の視線になった。
“あの”涼村深月を落としたんだって。
なんて、そんな視線は少し優越感に浸れそうだった。
⋯⋯もちろん、嘘のお付き合いなのだけど。
まだこそこそいわれることもあるけど、あたしの噂はだいぶ鎮火したような気がする。
なんとなく周りも、「妬まれてるんだな」なんて解釈をしてくれて、嘘だったんだろうな、という空気になってくれた。
結局たぶん、涼村くんが思った通りに展開は進んだんじゃないだろうか。
「……あ、今日古典から?」
涼村くんとの補習日。
目の前に広げられていた古典の教科書にそう聞くと、涼村くんはん、と短い返事。
「古典はもうテスト範囲いわれたしな。こないだやった復習もかねて」
「そっか」
こないだ古典の文法やら単語やらをやらされて、テスト範囲の訳も書かされた。
あたしの真っ白の古典ノートをみて、涼村くんが遠い目をしたのは毎度のことで。
呆れながらもでもやっぱり、ちゃんと教えてくれるんだ。
涼村くんが作ってくれた問題用紙にさらさらと答えを書いていく。
古典はある程度一回話を読むと、どんな話かわかるから英語よりはましだ。
復習もしたからね。
問題を解く時間は、当たり前だけど静かで。
ふとわからない問題にぶつかると、あたしは考え込みすぎず、一度気持ちを切り替えて、外の世界へ旅立つ。
そうすると目の前にあるのは彼の俯きがちな顔で。
あたしにはわかるはずもない応用問題をただ見ているだけ。
顔は綺麗だし、なんか溢れ出るオーラも周りと違う。
同じ人間なのに。
なんでこんなに、惹かれてしまうんだろう。
――あ、そっか。
不意に、気付く。
わかっちゃった。
なんであたしが、涼村くんを苦手だったか。
なんでもできすぎて怖いとか、それもあったのかもしれないけど。
でもきっと、大きい理由は。
溺れて、しまいそうだからだ。
一旦惹かれてしまったら、最後。
どこまでも、どこまでも。
底が見えない湖に、絡めとられて。
――それが、怖いんだ。
自分が自分じゃなくなってしまうかもしれない。そんな不安があたしを襲って。
だから、最初からもう視界にいれないって。
無意識に、拒絶してた。
でもそれって裏返せば。
あたしは、いつだって涼村くんを意識してたんだ。
なんであんな平気でいられたんだろう。
今では、どうやって普通に接していたのか、わからない。



