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「卯月さんの噂ってほんとなのかなー?」
トイレの個室で用を足していると、耳に飛び込んできたのはそんな言葉だった。
思わず身構えて、動けなくなってしまう。
「どうなんだろうねー? でも寝てること多いし、なんか先生に泣き落としして涼村くんに勉強見てもらってるって聞いたよ」
「え、なにそれ!? ずる! 涼村くんにつきまとってるじゃんほんとに」
「しかもパパ活ってやばいよね。あんな無害な感じなのに、裏ではおじさんひっかけてるとか引くわ」
いったい誰なのか、声だけではわからないけれど、今まで噂の的になったことなんてほとんどないから心臓が痛い。
足が震えて止まらない。
「尾崎さんは知ってたのかな?」
え…。
紗世の名前が出てきて、どくんとさらに大きく脈打つ。
「知ってたでしょー。だって中学から一緒なんでしょ?」
「尾崎さんもしてるんじゃない? パパ活」
「あー友達同士も多いっていうよねー」
待って。まってまって。
紗世も、紗世も巻き込まないでよ。
ふつうこんな噂がたてば距離をおこうとするはずなのに。
真っ先にあたしを心配してくれた大事な友達に、迷惑なんてかけたくないのに。
あたしの思いとは裏腹に、身体は動かなくて。
ただ、その場で根も葉もない噂を聞くことしかできない。
「どっちにしても涼村くんからは離れてほしいわー」
「ほんとそれ。涼村くんが穢れるし、色仕掛けでもしてたら最悪」
「いやー、おじさんにはいいかもしれないけど、涼村くんが卯月さん選ぶわけないでしょ」
「それもそうだよね。そういえば次って移動じゃなかった?」
「あ、そろそろ行かなきゃ」
にぎやかな声はそのままドアの向こうに消えていって、あたしはどっと息を吐いた。
あたしの足はなかなか動かなかった。
頭の中で、さっきの言葉が反響していた。
尾崎さんもしてるんじゃない? パパ活。
なんで。なんで紗世まで。
もしかして紗世も知ってる?
もう聞いちゃってる? どう思った?
紗世の気持ちを考えなきゃいけないのに、
あたしの胸に押し寄せてきたのは、紗世も離れてしまったらどうしよう、ということだった。



