その時。
ガラガラ。と教室の扉が開いて、ひょい。と顔を覗かせたのは。
「おーおーやってるな」
担任だった。
「先生……」
「おー卯月、どうだ調子は」
先生はご機嫌な様子で入ってきて、なんの気なしにあたしがやったノートを覗き込む。
「結構やってるな。最近は授業も寝てないし、いい傾向だな。涼村に頼んで正解だった」
はっはっはという効果音でも聞こえそうな豪快な笑いをする先生。
……なんか全部先生の思い通りみたいで悔しいんだけど。
いつも自分が負かせてた気分だったので、こうゆう状況は非常に不本意。
「どうだ、涼村。こいつ、いけそう?」
直球で涼村くんに聞く担任。涼村くんは名前の通り涼しい笑顔で、
「厳しいですね」
とだけいった。
……そんなはっきりいわなくてもいいんじゃない!?
結構自分ではできたつもりなのに、厳しいとかこれからどんだけ努力しなきゃいけないの。
あと3週間のことを思うと、絶望感が襲ってくる。
「でも、絶望的な状態から厳しいまでいけたのでこのまま続ければいけるのではないかと」
絶望しているあたしに気づいてか小さなフォローはいれてくれる涼村くん。
「そうかー。卯月、気を抜かずがんばれよ」
一瞬眉をひそめた先生は、涼村くんの言葉を聞いて希望をもったようだった。
「てゆか、先生が問題教えてくれたらいいじゃないですか」
ふいをついた本音に先生のチョップがあたしの頭に落ちてきた。
――っ。いった!
「なにするんですか、暴力教師」
思わず頭をおさえたあたしに先生は口角をひくひくさせている。
「あほか、お前。テストの意味わかってるか」
「わかってますよ。学力を図るためのものじゃないですか」
「俺はカンニングなんて不正行為は許さん」
「けち」
「けちとか関係ないわ」
ふいと拗ねたように顔を背ける。
冗談なのに、ひどい仕打ちだ。
「……はあ、先が思いやられるわ。涼村、すまん」
「大丈夫ですよ。宿題もしてきてるし点数も上がってるので、がんばってくれてると思いますよ」
……え?
率直な涼村くんの褒め言葉にあたしはしばらく固まった。
まさか、涼村くんが褒めてくれるなんて思わなかったからだ。
「そうか。検討を祈ってる」
「先生も、約束忘れないようにお願いしますね」
「80点以上はないない」
先生はにやっと笑って、手のひらをひらひらさせて断言する。
完全に希望なんてないといわれた言い方だったので、かちんときた。
こんちくしょう。
みてろよ。
自分の中に沸々とやる気がこみ上げてくる。
こうゆう目に見える勝負は、負けたくない。
「先生、80点以上とったらあたしも焼肉、連れてってくださいね」
あたしの言葉に先生は一瞬ぎょっとして、目をぱしぱしさせた。
「涼村、そのこといったのか」
「あ、いっちゃいました」
涼村くんが愛想笑いでごまかすと、先生はまあいいかとけらけら笑った。
「そうだな、もしお前が英語の教科、全部80点以上とったら焼肉、連れてってやる」
くそう。
絶対無理だと思ってやがる。
その言葉、後悔させてやる。
「せいぜいがんばれや」
先生はほんとにただ様子を見に来ただけのようで、そのまま去っていった。
その後ろ姿を見送ってから涼村くんを見ると、くっくっと忍び笑っていた。
……なによ。
「あんたもやる気になってくれたことだし」
ぽんと膝に手をついて涼村くんはにっこりとあたしに笑いかけた。
「覚悟はしとけよ?」
冗談にも聞こえないその声色に、あたしはさっきの言葉を死ぬほど後悔したのだった。