―――古家苺佳(ふるいえいちか)28才と大林瑤子(おおばやしけいこ) 26才 ―――




「確かに綺麗な顔だと思うけど・・。
見知っている人の顔をほんの少し見ていたことがそれほど悪いことだとは思えません。


 診察の時に患者の顔をほとんど見もせずにモニターの画面ばかり見て患者と話をし、
おまけにその上明らかに症状の出ている部位を前にして
『病理はどこにもない』
なんて言う先生の言動のほうこそ、よほど責められるべき言動だと思いますが、
どう思われます?


 先生はそんなだから私のことなんて覚えてないでしょうけど、以前2度ほど
あなたの診察を受けたことがあって、それで・・なのにやっぱり私のことなんて
気付いてもないんだなぁってそういうのがあって、あなたのことを見てただけ。



 誘惑する気なんてサラサラありませんから、どうぞご安心ください。

 それと私、同性とそういう関係になりたいっていう趣味もありませんからっ」
 

 あまりの言われように、私は事なかれ主義で謝ることよりも、今受けた無礼と
過去の彼女の非礼を責めることのほうを選んだ。


 椅子に座り明後日の方に顔を向けたまま私の顔も見ずに非難してきた彼女は、
思いがけず自分に反撃をかましてきた私に、初めて顔を向け視線を投げかけてきた。



「去年、外来に来てた人・・かな?」


 今さら、思い出した振りをして、しかもなんなのだ。

 さっきとは真逆に優し気に、黒縁眼鏡の奥から覗いているキラキラした鳶色の瞳で
私に余裕綽綽の態で問いかけてくるなんて。

 ドキドキしてしまって悔しい。


 えーっ、この人女性でしょ? 
 ほらっ、耳たぶに小さいピアスも付けてる。


 思い起こしてみれば、医師と患者として出会った時、確か私は彼女のことを
中性的ではあるけれど、男性だとばかり思いこんでた。

 だけど、名札は女性名で・・私は女性にドキドキなんて今回が初めてで、困惑した。
 
 いやぁ~。


 私は涙目でその場に踏ん張るだけが精一杯で彼女の問い掛けには答えられなかった。