だから小春は両親に頼らずに、自分で意思表示をすることにした。実家から遠く離れた国立大学を受験して、下宿先も自分で見付けて契約して、諸々の手続きが全て終わった後に「ここに通う」と母に言った。

 もちろん烈火のごとく叱られたが、小春はめげずに反論した。大雅と同じ大学には興味のある専攻がないからここで勉強がしたい、学費も家賃もバイトをして自分で払う、もう趣味の悪いバイクで送り迎えされたくない……など、終盤は大雅の悪口が入ってしまったが後悔はしていない。

「こっちで就職もするつもりで、実家から脱出したんです。……頑張りなさいって言ってくれたのは、父だけでした」

 いらないと言ったのに、父の短い手紙と一緒に仕送りが届いたときは泣いてしまった。

「それで……何でしたっけ。そう、母と大雅さんが下宿先に来たんです。大雅さんが大学を卒業したから、これからは定期的にここへ来るって。ニコニコしながら、話してて」
「……大丈夫?」

 手の甲にはいくつかの水滴が落ちていた。おしぼりで拭っていると、また新しく雫が増える。

 すると、慌ただしく差し出されたのは薄青のハンカチ。

 見れば、彼が気遣うように眉を顰めていた。

「……あ、ごめん。ちょっと汚れてるな。これで顔拭くの嫌だよね」

 ハンカチが雨と泥で汚れていることに気付いた彼は、少し迷って、指先で小春の目尻を拭う。

 あんまりにも優しい手付きに、小春は笑ってしまった。

「えっ何」
「危険物にでもなったみたい。指、震えすぎ」

 くすくすと肩を揺らして笑っていれば、彼がちょっとばかし拗ねたように目を逸らし、すぐに吹き出す。

「女の子の涙拭くなんてキザなこと、したことないんだよ」
「今まではどうしてたんですか?」
「ええ? 泣かれたこと自体あんまり……」
「優しそう、というか、優しいですもんね。奏斗(かなと)さん」

 思い通りにならないとすぐに怒る大雅とは雲泥の差だ。デートという名のご機嫌取りを思い出した小春は、大きな溜息をついて椅子に深く背を預ける。

「……母が先に帰った後、いきなり大雅さんに押し倒されたんです。玄関でですよ。私は髪も服も雨でびっしょりなのに、何なら痴漢されて気持ち悪くて吐きそうだったのに。『俺から勝手に離れた罰だ』とか意味分かんないこと言って」

 そこで小春は、我慢の限界を迎えた。

 自分の人生を自分で決めて生きる。たったそれだけのことが許されない。昔も今も、いつだってこの無神経な男に邪魔されて、台無しにされて。

『いい加減にして!!』