あかねちゃんが、綺麗に礼をする。

私も舞台袖から、拍手を送る。


椅子に腰掛け、あかねちゃんは鍵盤にそっと、指を置いた。


すっと息を吸う。そして、決定的な第一打を放った。



ーー

あかねちゃんが弾く曲は、ショパンのエチュードの一番。

右手の連続するアルペジオと、力強い左手のオクターブが特徴的な、明るくて綺麗な練習曲だ。


あかねちゃんが放った最初の一音は、オクターブの「ド」の音。


まるで大自然を駆け抜ける風のように。

長い冬が終わり、春が訪れた動物たちの、喜びのように。


あかねちゃんの放った第一打は、ホール全体を圧倒する、

真打の風だった。




すかさず右手のアルペジオが始まり、一気に高音に駆け上がっていく。



この爽快感が。

その高揚感が。



たまらなくクセになる。


あかねちゃんの奏でる音楽は、スタートダッシュがずば抜けていて、

すぐに観客の心を掴む。



あかねちゃんのピアノも何度か聴いたことがあるけど、やっぱり慣れない。

どんなに心を構えていても、絶対に期待を超えてくる。


すごいなぁ……。尊敬するよ、あかねちゃん。


あかねちゃんといい、音くんといい、果子さんといい、

みんな、私の心臓に悪い。


毎回私をびっくりさせる、いい意味で嫌なピアニストだ。

ーー



曲は、中盤。


あかねちゃんは、中盤になってもミスをすることがない。

右手のアルペジオが、安定している。


また、転調に合わせた強弱変化が巧みだ。



曲を、指を、音楽を。自在に操って、観客を魅了する。

それが、あかねちゃんの得意技だ。



言わば、「魅せる音楽」。


緻密に計算された、綺麗な強弱。

まるで役者のように、コロコロと変わる豊かな表情。

決して期待を裏切らない、洗練されたテクニック。


あかねちゃんの演奏はいつも、

ドラマや映画のようだ。



ーー

〜〜♬♬〜♩〜


あっいけない!

感心していたら、もう曲の終盤に差し掛かっていた。


あかねちゃんの後ろ姿を見つめながら、音楽に真剣に耳を傾ける。

結局、最後までミスがなく、綺麗なドラマだったなぁ。



さぁ、もうすぐ、ラストだ。


あかねちゃんが、最後のフレーズを奏でる。


そして、


最後の「ド」の音を、重く、力強く。


この音楽に、終止符を打った。