ついに、一組の発表が終わった。


私は、音くんの伴奏だけを聴いていたので、コーラスが上手だったかは正直分からない。

しかし、音くんの伴奏のおかげで、本来のコーラスの腕前の1.5倍くらいは、上手に聴こえていたのではないか。

何気ない顔をして礼をし、階段を降りていく音くんを見ながら、私はそんなことを考えていた。


 「二年一組の皆さん、ありがとうございました。次に、二年二組のみなさん、お願いします。」


アナウンスが入り、私はステージに向かう。

緊張はしていない。

音くんに勝てる伴奏なんて、私に弾けやしない。

だったら、思い切り楽しく弾いた方がいいに決まっている。


 「それでは、二年二組の発表です。曲はーー。指揮者はーー。伴奏者は……」


なんか、自分の名前が呼ばれるって、ちょっと恥ずかしいな。


吾峠遥花(ごとうげはるか)さんです。」



 鍵盤に指を置く。


1オクターブギリギリしか届かない、小さな手と短い指。

音くんの手や指と比べて、少しだけ惨めな気持ちになる。


しかし、そんなこと言ったって仕方がない。


今は、コーラスコンクールの舞台を楽しむ。それだけでいい。


 指揮者が合図を出す。

私はすっと息を吸い、曲のイントロをゆっくりと奏で始めた。



 私は伴奏をしながら、時折音くんの音色のことを考えていた。

彼のあの透き通った音色は、どうすれば出せるのだろう。

でも、今はそんなことを考えているより、楽しんで演奏しよう。

私はピアノが、音楽が大好きだから。



 曲は、終盤に差し掛かる。

最後の大サビを迎えている今、私はこの舞台を大いに楽しんでいた。



ーー
 
 音くん、聴こえているかな。

私はあなたみたいに器用に、上手にピアノは弾けないし、透き通った音は出せない。

でもね、私は音楽が大好きだし、ピアノを弾くと楽しい気持ちになる。

だから少しでも、あなたにこの楽しさが伝わればいいな。音楽の楽しさを、共有できたらいいな。

ーー



 コーラスの音量がだんだん小さくなり、それと同時にピアノが最後の旋律を奏でる。

私は最後まで気を抜かず、最後の音をポロンと響かせた。



 沸き起こる拍手の中、私はなんとも言えない笑みを浮かべながら礼をし、階段を降りた。

自分なりに楽しんで演奏できた喜びと、やっぱり音くんにかなう演奏はできなかったという諦めと、半々だったと思う。

やっぱり音くんのピアノはすごい。

私は音くんに恋をしているけど、ピアノの腕前に関しては尊敬している面が強い。


できれば後で「素敵な伴奏だったね」って伝えたいけど、多分無理だろう。

私と音くんは、何年もの間、ほとんど話をしない不思議な関係だ。

今頃になって声をかけても、不審がられるのがオチだろう。