「…え?そうかなぁ…。初めて言われたよ。」

類は思わずというように手を止めて豆鉄砲食った鳩のような反応をして驚いた。
それから止めていた手を動かして準備を終えた類は椅子に腰掛ける。

その姿を見た私は近くにあった椅子に座りながら彼に問いかける。



「何弾くの?」

「んーー……あっ、あれにしようかな。………よく、聴いててね。」

私に笑いかけ、そう言った類はピアノに向き合う。足をピアノのペダルに乗せて目を閉じ、ふぅ…と息を吐くと類がまとう空気が変わった気がした。

ゆっくりと目を開けるとそっと鍵盤に指を置く。その触れ方は優しく、深い慈しみが感じられた。ピアノに関して大切な思い出があるのだろう。



♪〜〜………



人気のない教室に穏やかに響くピアノの音。
その音はどこか懐かしさの感じるもので簡単に私を魅了した。
類は流れるように鍵盤に指を滑らしていく。楽しそうなその姿につられて私も自然と笑みが溢れてくる。

ーーーそういえば昔、小学生ぐらいの時だろうか。

こんなふうにピアノを聴いていたような気がする。誰かのピアノを…。
それから、その音に合わせて……

「……♪〜〜…」

私は思わずというように歌い出す。ピアノの音と私の歌声が調和して教室全体に響き渡った。

なんでだろう。次の音が…歌うべきメロディが、歌詞が分かる。
体が覚えているのだろうか…とても不思議な感覚だった。
なぜ知っているのか、なぜ歌えているのか…そんな疑問は忘れて私はただ声を出した。


視界の端に映る類が笑った気がした。


本能のままに歌っている今。
私が感じているもの。

ーー爽快感、それだけだ。