梨梨の別荘は山の中奥深くにあった。
山と山を繋ぐ吊り橋は、歩くと揺れて壊れないか不安だが、男としてそれを面に見せるのは恥ずかしい年頃の晃は、敢えて平気そうな顔をして香織をエスコートしようと手を差し出す。
だが香織は怖がることもなく楽しそうに橋を渡っていた。
思わず香織の顔を見てしまった晃と香織は目が合うと、晃の気など知らず首を傾げた。


館内に入ると、人は出て来ず無人のようだ。
てっきりお手伝いさんなどが居るものだとばかり晃は考えていたので、予想外だったのだ。
梨梨は間違いなく料理などしないだろう。
「普段はお手伝いさんとか連れて来るんだけど、みんなで料理したりとか楽しそうにじゃん?」
梨梨の思い付きだった。
こういう振り回されはよくあることだ。
「俺は料理なんかしねーぞ。」
智也が即答する。
「智也の分は梨梨が作るから平気だよ。」
「梨梨お前…家庭科実習すらやらねーだろうが。」
「ぷーっ!真理子が料理上手いから平気だもーん。」
という流れで料理は真理子が作ることに決まった。
玄関横の窓の外を眺めていた香織に近付くと、晃は香織に『真理子が料理係になった』事を告げがてら、何を見ているか気になって尋ねる事にした。
「香織も料理しないもんな。」
「しないだけで出来る!」
あかんべえをしてくる香織に話題を逸らす。
「で、何か気になるのか?」
「あの橋落ちないかちょっと心配になっただけよ。」
「縄と木材だけだもんな。」
香織に言われて晃も少し気になった。
でも、こちら側に渡った時、どこも割れたりもする事は無かった。
火でも着けられたりしない限りは平気だ。
不意に思ったことが一瞬脳裏を過ったが、晃は自分にそう言い聞かせた。


夕食を終えると、それぞれ割り当てられた部屋に向かう。
全員で一緒に居た方が良いのだろうが、寝る時まで大勢居るのは落ち着かない。
特に智也と梨梨は二人きりになりたそうだった。
晃が部屋の内鍵を閉めようとすると、ほぼ同時にノックの音がした。
「晃、いいかな?」
香織だ。
すぐにドアを開けると香織が枕を胸に抱いて立っていた。
晃は身体をずらして香織を部屋の中に招き入れる。
香織は晃の部屋に入って早々、赤い顔で口を開く。
「やっぱりちょっと怖くて…。」
言いながら香織はベッドに腰を下ろした。
「そう言えば昔はよく一緒に寝たよな。」
「幼稚園の頃の事じゃない!」
晃が香織に言い向けると、恥ずかしそうに香織が突っ込んだ。
香織は疲れているらしくそのままベッドに身を倒してしまった。
この別荘は山奥にあるため、駅から山登りをしているわけで、流石に晃も疲れていた。
女性の香織はもっと疲れているに違いない。
晃もそろそろ寝たいが、まさかこの歳で一緒に寝るわけにはいかない。
既に寝息を立てている香織に溜め息を吐くと、晃はソファーに身を落とした。


翌朝、晃と香織は女性の悲鳴で目を覚ました。
「晃…今の!」
晃は香織に頷くと、香織を連れて部屋から駆け出した。

智也と梨梨がキッチンの扉の前で立ち尽くしている。
悲鳴は梨梨のものだったのだろう。
亮と香織が覗いて見ると、真理子が頭を冷蔵庫に突っ込み、背中に包丁が突き立てられていた。
どう見ても絶命している。
「晃!あれっ!」
香織が悲鳴混じりに叫びながら指を差した方を見ると、配膳用だろうか、小さいエレベーター。
そこから人間の手足のような物がはみ出していた。
晃の視線に気が付いた智也がエレベーターを開けた。
「うっ…!」
智也は見た瞬間に吐いた。
そこには上半身がエレベーターに挟まれた状態の靖彦がいた。
エレベーターで何度も挟まれたのか、手足は折れ、頭が砕けたことが死因になったのか、頭が歪んでいた。
「いや、もう嫌ーっ!どうしてっ!やっぱり梨梨達が狙われてるっ!」
恐怖でパニックになった梨梨は、自分の部屋に閉じ籠ってしまう。
マスターキーを持っているのは梨梨だけだから、梨梨が犯人でない限り、却って安全なのかもしれない。
「くそっ、梨梨開けろっ!俺とお前は夜一緒に居たんだから、俺は犯人じゃないだろうがっ!」
智也は大声を上げながらノックするが、梨梨は一切返答しなかった。
一人になるぐらいならと、智也も晃の部屋に篭る事になった。