アンハッピー・ウエディング〜前編〜

「無月院一族ってすげー金持ちでさ、家柄もご立派らしいぜ。そこのお嬢様なんだぜ?あの立ち居振る舞い、いかにもって感じするよなー」

雛堂は好奇心丸出しの表情で、うきうきとそう言った。

…うん。

まぁ、見た目だけなら…そう思うのも無理ないかもな。

まさか雛堂も、あのお嬢様がちょっと前まで、箱買いしたカップ麺を主食にしていたとは思わんだろうな。

敢えて言う必要もないだろう。知らぬが仏という奴だ。

「はー、やれやれ。折角新校舎を掃除してやってんだから、あんな高嶺の花とお近づきになってみたいもんだね」

…そうか?

どうしてもって言うなら、紹介してやっても良いけど。

でも、知らない方が良いと思うぞ。

いくら見た目がお嬢様と言えども、中身もそうとは限らない、

「あっ、見ろよお兄さん、あの無月院のお嬢様がこっち見た!」

「は?」

雛堂に言われて、くるりと振り向くと。

じー、っとこちらを見つめるお嬢さんと目が合って、俺は急いで目を逸らした。

あぶねっ。

いや、別に疚しいことなんて何もないけど。

こんなところで、皆の前でお嬢さんと喋ったりしたら、どういう繋がりがあるのか勘繰られそうだし。

それによって、余計な気遣いをされるのも嫌だし。

出来れば、クラスメイトには内緒にしておきたい。

しかし、そんなことは全く知らない雛堂は。

「やっべ。無月院のお嬢様と目ぇ合った。凄くね?凄くね?」

凄くねーから、ちょっと静かにしてくれ。

それと、お嬢さんが見てるのは雛堂じゃなくて、もしかしなくても俺なのでは?

あのお嬢さん、クラスメイトに俺達の関係を隠すつもりはあるのだろうか。

こんなところで、下の名前で呼んで、親しげに話しかけられたら。

さすがに無関係です、としらばっくれられないぞ。

頼むからこっち来ないでくれ、と心の中で祈る。

すると、俺の祈りが通じたのか。

お嬢さんは、しばし、じーっとこちらを見ていたようだが。

ふいっ、と顔を背けて、すたすた歩いていってしまった。

…どうやら、難を逃れたようだな。

ホッ。

「男子部の掃除係にも視線をくれるなんて、良いお嬢様だなぁ」

雛堂は…何だか誤解してるようだが、誤解させておこう。

「さすが無月院家のお嬢様。懐の広さが違うよ。なぁ?そう思わね?」

「あぁ…うん…」

そういうつもりでこっちを向いた訳じゃない…とは思うけど。

「さっきまであれだけ愚痴ってたのに、お嬢様に視線を向けられただけで満面笑みですか。…これだから人間という生き物は」

と、乙無は呆れたように溜め息をついていた。

詮索、されなくて良かった。助かったよ。