アンハッピー・ウエディング〜前編〜

あっ、って声が出そうになった。

お嬢さんは他の女子生徒と同じように、教科書の束を抱いて、渡り廊下を歩いていた。

幸い、お嬢さんはこちらに気づいてないようだ。

そもそも、渡り廊下を歩いている女子生徒の誰も、ちらりともこちらに視線を向ける者はいなかった。

掃除夫に過ぎない野郎共の存在なんて、お嬢様の眼中にはない、か?

「あの人、すげー美人じゃね?なぁ」

目をキラキラさせて、雛堂はそう言った。

「そ、そうか…?」

毎日見てるけど、俺はそこまで…。

そりゃ、美人ではあるけども…。

新校舎に来てるんだから、お嬢さんと鉢合わせしてもおかしくない。

でも、出来れば、俺とお嬢さんの関係は…他の生徒には内緒にしておきたかった。

少なくとも、俺の口から話すつもりはなかった。

とはいえ、お嬢さんの口止めはしてないから。

お嬢さんが、お友達の誰かに俺のことを喋ってる可能性はある。

噂になったら嫌だなと思って。

良い意味でも、悪い意味でもな。

しかし、雛堂は俺とお嬢さんの複雑な関係なことなんて、全く知る由もないので。

「さすが、聖青薔薇学園女子部のお嬢様って感じだな。きっとすげー清楚でお上品で…挨拶は『ご機嫌よう』で、語尾は『ですわ』なんだぜ」

だから、さっきからお前は何言ってんの?

そんな漫画みたいなお嬢様が、現実にいるかよ。

お嬢さんと暮らして一週間以上経つけど、一度として「ご機嫌よう」なんて言われたことないし。

「ですわ」なんて語尾で喋ったこともないぞ。

それどころか、寝間着は俺の中学の時のお古ジャージを着てるからな。

お嬢様なんて、意外とそんなもんだ。

「良いねぇ。一度で良いから、あんなお嬢様にお目通りしたいもんだ」

「…」

…。

…うち、来るか?

「何だよ、星見の兄さん。さっきから挙動不審になって…」

「え、いや…」

「さては、あの美人お嬢様に惚れたか?一目惚れか?このむっつりスケベめ」

殴るぞ。

惚れたも何も、俺の婚約者だよ。

「そういや、星見の兄さん。知ってるか?」

「何をだよ…」

「この学校、今、無月院家のお嬢様が居るらしいぜ」

「…」

…あぁ、知ってる。

あんたが今しがた、美人だ何だと騒いでる、あいつだよ。

「もしかして、あのお嬢様がそうなんじゃね?いかにもって感じするもん」

その通りだよ、雛堂。大当たり。

「無月院…?珍しい名字ですね」

無月院家を知らないらしい乙無である。

「おいおい、知らないのかよ。めっちゃ有名な名家だぞ」

「そうなんですか?人間の家柄なんて、僕は興味ありませんから」

別に良いよ。

知らなくても、全然困らないことだから。