アンハッピー・ウエディング〜前編〜

「…よし」

俺は意を決して、新築の家のインターホンを鳴らした。

逃げ回ったって仕方ないなら、前を向いて、今自分に出来る最大限のことをしよう。

後でどうなったとしても、それはそのとき考えれば良い話だ。

どのみち、俺に選択肢などないのだ。
 
せめて少しでも、毎日を快適に暮らしていけるよう努力するよ。

…しかし。

「…」

インターホンを鳴らしたのに。

待てども待てども、家主が玄関の扉を開けに来る様子はなかった。

いない…んだろうか?

タイミング悪いなぁ…。

望まないとはいえ、一応、新しい門出なんだけど。幸先も悪い。

さて、どうしたものか。

家の鍵なんてまだ持ってないし、お嬢さんの連絡先も分からないし。

お嬢さんが帰ってくるまで、玄関の前で犬みたいに待ってるしかないと言うのか。

…しかし、そのとき。

俺はあることに気がついた。

「…電気、ついてるよな?」

リビングらしき部屋の窓を覗くと、カーテンの隙間から部屋の中の灯りが漏れている。

…ってことは、中にいるのか?

電気つけっぱなしで外出はせんだろう。あんまり…。

「…」

もう一回インターホン押して、出なかったら。

試しに、ドア開けてみよう。

そう決めた俺は、もう一度インターホンを押してみた。

ピンポーン、と小気味良い音がして、30秒ほどその場で待機する。

…やっぱり、誰も出てこない。

よし、じゃあ宣言通りドア開けてみるわ。

よく考えたらこの家、今日から自分が住むことになる家なんだから、遠慮する必要もない。

そりゃあ俺の役割は、あくまでこの家の家主のお世話係みたいなもんだけど。

同居人として、最低限の権利くらいはある…よなぁ?

そう思おう。

…そんな訳なので。

俺は玄関の扉の取っ手を掴み、ぐっと力を込めて引いてみた。

案の定、鍵はかかっていなかった。

不用心。

「…入るぞ」

軽くそう宣言してから、俺は新しく住むことになる家に、一歩、足を踏み入れた。