アンハッピー・ウエディング〜前編〜

「…ここ、で合ってるよな…?」

スーツケースを引き摺って、実家から電車を乗り継いで。

教えられた住所を書き記したメモ用紙を、何度も確認する。

やはりこの家で間違いない。

「…でっけー家だな…」

無月院本家が、俺の為に用意してくれた新しい我が家は。

ボロボロで、隙間風が拭くあばら家の実家とは、比べ物にならない。

立派で大きくて、広々とした庭付きの新築一戸建てであった。

これが、高校生が二人で住む家か?

広過ぎるだろ。

1DKのアパートだって、俺には勿体無いくらいなのに。

こんなに家が広いと、掃除するの大変じゃね?

でかい家を見て、一番にそんなことを心配するのだから。

俺の貧乏性も、なかなか極まってるよな。

だって、この家…掃除するのは俺の役目だろ?

俺がこの家でやるべきことは、結婚相手…ならぬ、ご主人様となるお嬢さんのお世話なんだから。

庭の草むしりだけで、日が暮れそうだな。

まぁ、本家にも体面ってものがあるんだろうから?

いくらみそっかすの次女と言えども、無月院の名を持つお嬢さんを、貧乏臭い家に住まわせる訳にはいかないんだろう。

本当、馬鹿らしい。

こんなに広いなら、母も一緒に住まわせてくれたら良かったのに。

「…さて」

家を眺めるのも良いが、そろそろ入らないとな。

俺のご主人様となる無月院のお嬢さんは、一週間くらい前から、既にこの家に住み始めているそうだ。

何せ、今回の縁談が決まったのは急な話だったから。

進学の手続きとか引っ越しの手続きで遅れ、俺はようやく、今日からここに住むことになった。

従って、俺は今日初めて、自分の結婚相手と顔を合わせる訳だ。

自分の人生の伴侶となる相手に、これから会おうというのに。

俺には何の期待もないし、感慨深いものも何もなかった。

ルームシェアの相手と会うようなもんだ。

お互い、愛も情も何もない相手なのだから、無理もない。

え?薄情だって?

当たり前だろ。今日が初対面なんだから。

おまけに、自分の意志とは関係のない強制結婚だぞ?

しかも、俺は婿入りさせてもらう立場だ。

相手は本家のお嬢さんで、俺は分家のみそっかすだぞ?

出会う前から、主従関係ははっきりしている。

人生の伴侶とは名ばかりで、これから死ぬまで仕えるべきご主人様も同然なんだ。

奴隷として、雇い主の家にやって来たようなものだ。

…頭の足りないお嬢さんだ、って言ってたもんな。

それも、本家が存在を隠すほどなのだ。

はっきり聞いた訳じゃないが、多分…知的な障害を持つ娘さんなんだろう。

本家でも手を焼くほどの、だ。

わざわざお世話係を任命して、まだ高校生の身分で二人暮らしさせるくらいなのだ。

それなりの覚悟はしてある。

介護の経験はないけど、まぁ、何とかなるだろう。

いや、何とかしなければならないのだ。

これが、俺の運命なのだから。