ともかく。

「今日からは切り替えて…中間試験に備えないとな」

「えっ」

…え?

何気なく呟いた俺の言葉に、雛堂は絶句してこちらを見ていた。

…どうしたよ。

俺、なんか変なこと言ったか?

「…ちょっと聞こえなかったっすわ。自分、耳が遠くなったかなー」

…現実から目を逸らしている。

良くないと思うんだよ、俺。そういうのは。

認めたくなくても、現実はちゃんと見ようぜ。

「雛堂、白々しい嘘はやめろ。あんたも分かってるだろ。もうすぐ中間試験だってこと…」

「あーあー。聞こえなーい。自分耳が遠いから聞こえないわー」

白々しい演技をするんじゃない。

聞こえてるだろうが。

「聞こえない振りをするのは結構だが、逃げ回ったって試験の日は平等にやって来るぞ」

「畜生。星見の兄さんが正論を言いやがった…。正論なんて喧嘩を生むだけだぞ」

だって、事実だろ?

どうせ試験の日が来たら、嫌でも覚悟を決めて、現実と向き合わなきゃならないんだ。

逃げられないんだからな。学生である限り、試験からは。

どうせ向き合わなきゃならないなら、早いうちに対策しておく方が良いだろ。

せめて、ちょっとでも勉強してから試験に臨む為に。

「星見の兄さんって、試験前に真面目に勉強するタイプ?」

「…勉強しないタイプの人間が居るのか?」

そうだとしたら、そいつは何の為に学校に来てるんだ。

小学校中学校は義務教育だから、試験の結果が散々でも進級は出来るけど…。

「高校は単位制なんだから、赤点取りまくったら容赦なく留年だぞ」

「くっ…!さっきから星見の兄さんの正論が、的確に自分の胸に突き刺さる…!」

何だ?この茶番。

乙無を見てみろ。軽蔑しきった目で雛堂を見つめている。

「何だよ、乙無の兄さんまで…さては余裕だな?地頭良いタイプか?それとも普段から真面目に勉強してるタイプ?」

「そう言う大也さんは、試験前日に一夜漬けを敢行するつもりで、うっかり寝過ごして朝を迎え、結局ノー勉で試験に臨むタイプですね」

例えが的確だな。

しかも。

「さすが乙無の兄さん。自分のことよく分かってんな」

図星なのかよ。

本当に不真面目だな…。逆に潔いとも言えるが。

「あのなぁ、中学の時まではそれで良かったかもしれないけど…」

俺もそれほどガリ勉してる訳じゃないし、何より裏口入学だからさ。

偉そうに雛堂に説教出来る立場じゃないのは、重々承知してるよ。

でもさ。ちょっとくらいは。

「高校に入って一発目の試験なんだから、少しは真面目に勉強しようぜ」

「うぐっ…。星見の兄さん…あんた、自分の良心を抉るの上手いな…」

俺は正論を言っただけなんだけどな。

寿々花さんは、それでやる気を出したぞ。

雛堂もやる気を出してくれ。

さすがに、来年雛堂が後輩になってしまう…なんて事態は遠慮したい。

「いきなりガリ勉を始めても、三日も続きませんからね。一日10分でも良いから、継続的に毎日勉強するのがコツですよ」

と、乙無。

一日10分か…。試験勉強が一日10分は少な過ぎだと思うが。

でも、三日坊主になるよりマシか。

一日10分くらいなら、怠惰な雛堂にも出来るだろう。

「ぐぬぬ…。分かったよ。明日から、明日からやるって」

典型的な、明日から本気出すタイプ。

「今日からやれよ」

「心の準備ってもんが要るの!」

あっそ。

そんなこと言って、一生「明日から…」って言ってそう。