アンハッピー・ウエディング〜前編〜

…大丈夫か?分かってるか?

俺の言ってることの意味、ちゃんと理解してるよな?

理解している前提で話すぞ。

「見つけても手を振ったり、声をかけたりはしないでくれ。他人の振りをしてて欲しいんだ」
 
「?何で?」

何でって…。

「そりゃ…他の生徒に知られたら困るだろ?一緒に暮らしてることとか、その…婚約者だってこととか」

「…」

「バレたら、余計な勘繰りされるだろうし…。噂もされるだろうし。影でひそひそ言われたら、あんただって嫌だろ?」

「…」

…何で黙んの?

そこまで想定してなかったのか。

でも、人間ってのは噂話が大好きな生き物だからな。

俺達の関係が誰か一人にでもバレたら、きっと噂が噂を呼んで、あっという間に学校中に広まるぞ。

ましてや、お嬢さんが無月院家のご令嬢だってことは、全校生徒が知ってるからな。

新入生の雛堂だって知っていたのだから。

いや、まぁ乙無は知らなかったみたいだけど。

俺だって…「あの」無月院家のご令嬢の婚約者だってこと、知られたくはない。

絶対ひそひそ言われるに決まってるからな。「相応しくない」とか。「不釣り合い」とか。

相応しくないことくらい、俺が一番よく分かってるっての。

「俺みたいなのが婚約者だってバレたら、あんたの株も下がるだろう。だから、黙っとくのが賢明なんだよ」

「…株って何?悠理君と一緒に暮らしてたら、何か悪いことがあるの?」

「そりゃ…別に疚しいことは何もないけどさ。でも、下衆の勘繰りされるのは嫌だから。黙っておいて欲しいってだけだよ」

「…」

俯いて、無言になるお嬢さん。

何で黙るんだよ。さっきまで上機嫌で喋ってたじゃん。

…まさか。

「もう、既に言い触らして回った後…とかじゃないよな?」

そうだとしたら、もうお手上げだぞ。

今のところ、旧校舎にまで噂は広まってないようだが。

もしお嬢さんが新校舎で、俺達のことを言い触らしているのなら。

男子部にまで噂が流れてくるのは、時間の問題だぞ。

…しかし。

「ううん、誰にも言ってない」

…とのこと。

ホッ。良かった。

さすがに、そのくらいの分別はついたようだな。助かったよ。

「よし、それで良い。その調子で、今後も黙っといてくれ。な?」

「…うん」

…何だか頼りないお返事だが、一応頷いてくれた。

頼むぞ、本当に。うっかり口を滑らせたりしないでくれよ。

学校中の噂の種になるなんて、俺は御免だからな。

…しかし、お嬢さんは。

「…」

何故かぱったりと黙ってしまって、それから夕食が出来るまで、全然喋らなかった。

静かになったのは良い…けども。

あんなに機嫌良く喋ってたのに、俺が余計なこと言ったせいで黙らせてしまったみたいで。

何だか、妙に罪悪感を駆り立てられた。

…もしかして、俺は何か、お嬢さんの気に障るようなことを言ってしまったのだろうか。

…でも、仕方ないだろ。

黙っておいてもらわないと困るんだよ。

これから三年間、廊下を歩く度に指を差されて、痛くもない腹を探られるのは御免だ。

ただでさえ、裏口入学で入ったんだからな。

何とかこのまま、卒業まで目立たず、程良く快適な学校生活を送りたいものだ。