結婚。

その言葉を聞くと、誰しも素晴らしく幸福なものをイメージするだろう。

たくさんの愛と幸福に溢れ、祝福され、自分の選んだパートナーと新たな人生に踏み出す、大きな一歩。

それはとても幸せなもので、誰にとっても憧れのイベント。

…だが、俺に言わせれば、そんなものは幻想だ。

所詮幸せな結婚なんてものは、幸せな人間がすることだ。

俺にとって結婚とは、愛に溢れてもいなければ、誰からも祝福されてさえいない。

それは果たすべき義務であり、役目だった。

俺が「結婚」することが決まった日、そのことを俺に告げた母は、泣きながら俺に謝った。

「ごめんなさい、悠理(ゆうり)。ごめんなさい…。本当に、ごめんなさい」

「…」

取り乱し、必死になって謝る母を見て、俺は思わず苦笑してしまった。

母はこんなに狼狽えているのに、当人である俺の方が落ち着いているとは。

こんな日がいつか来るだろうって、ある程度予測していたから。

自分でも驚くほど、意外と冷静だった。

「母さんが悪い訳じゃないだろ?」

「でも…。でも、私に何の力もないばっかりに、あなたにこんな役目を…」

そう、それは役目だった。

果たすべき義務だった。

俺の意志なんて関係ない。この家に生まれてきた以上、避けて通れない運命だった。

「悠理にはこんな思い…絶対にさせたくなかったのに…」

我が子の運命を、他人の手によって勝手に決められてしまった、自らの無力に嘆く母。

そんな母を、これ以上悲しませたくなかった。

だから、俺はこう言った。

「俺は大丈夫だよ、母さん」

本当に大丈夫だと思っていた訳じゃない。

どう考えても、俺の前途は多難だった。

ろくな未来が待っていないことは分かっていた。

だけど、それは…今に始まったことじゃない。

いつかこうなるだろうと思っていた。だから、心の準備はしていた。

いつか自分は…自分の意志に関係なく、見ず知らずの他人と結婚させられることになるのだと。

それが今、ようやく現実になったというだけの話だ。