「っ……」
 閉められた扉を背に、強く抱き締められる。
「桜……会いたかった……」
 痛いくらいの力に、ちょっと驚く。
「波音、あの……」
 離して、と言おうとしたとき、先に波音が口を開いた。
「桜のバカ……なんでいきなりいなくなったの」
 波音は私の首筋に顔を埋める。猫っ毛の髪がくすぐったい。
「……ごめん」
 波音は私を抱き締めたまま、
「ねぇ……桜。俺、なにかした? 桜がいなくなって、俺いろいろ考えたけど全然分からなくて……ドレスが好みじゃなかったのかなとか、新品の靴だったから足が痛かったのかなとか、お店が気に入らなかったのかなとか、いろいろ考えたんだけど……桜がそんなことでいきなり出ていくとも思えなくて」
 叱られた子供のような声だった。
「ち、違うよ! 波音はなにも悪くない。ご飯はすっごく美味しかったし、ドレスも靴も、すごく可愛くて……」
「……じゃあ、どうして?」
 波音が体を離して、私を見つめる。
「それは……」
 まっすぐに見つめられ、逃げ場がなくなる。
「もしかして、俺が桜のこと好きだって言ったから?」
 違う、と否定しようとして、止まる。
「――へ?」
 今、波音が変なことを言った気がする。
「波音が、私を好き?」
「うん」
「えっと……それは初耳……なんだけど」
「え?」
 きょとんとした顔で見つめ合う。
(いや、もしかしたらとは思ったけど、波音から直接言われた記憶は、ない)
「え、そんな話、いつしたっけ……?」
「だって桜、好きな人いるのかって聞いてきたでしょ。海で。そのときに」
 戸惑うような顔で、波音は私を見下ろしている。
「う、うん。それは覚えてる。波音が好きな人いるよって言ったから、だから私は身を引こうと……」
 見つめ合ったまま、沈黙が落ちる。
「……うそ!? ち、違うよ!? 俺が好きなのは桜で……」
「……うん。もしかしたら、そうなのかなって気付いたよ」
「!」
「よかった……私の自意識過剰じゃなくて」
 ホッとして、笑みが漏れた。
「じゃあ、お互いの勘違いってこと?」
「そうみたい」
「なんだよもう……こんな回り道して、バカみたいじゃん」
 波音は恥ずかしそうにしゃがみこみ、手で顔を覆う。それを見て、私はまた笑った。
「……笑わないで」
 波音がいじやけたようにちらりと私を見た。
「ごめん」
 視線が合う。
 波音はすくっと立ち上がり、私に向かい合った。さっきとは打って変わって真剣なその瞳に、ハッとする。
「桜、俺と……」
「わっ、ま、待って!」
 波音の口を、私は慌てて両手で塞ぐ。
「!?」
 波音がなにごとかと目を見張る。
「ごめん、波音。今はまだ付き合えない」
 はっきりと告げると、波音はあからさまにショックを受けた顔をした。罪悪感を感じながらも、私は続ける。
「……その、実は真宙くんと来週会う約束をしてて」
「真宙……?」
 波音の声が低くなった。眉間に皺が寄っている。