沙羅と七木さんの恋バナでひとしきり盛り上がったあと、軽い食事を済ませて波音と住む港区のタワーマンションに帰ってきた。
 家に帰ってからも、なんだか落ち着かない。
 私はひとりコーヒーを淹れてみたり、リビングの掃除をしたりとそわそわしていた。
 沙羅にいろいろな話を聞いてしまったから、なんとなく落ち着かないのだ。波音と顔を合わせるのが気まずいとさえ思ってしまう。
『波音に好きな人がいる』
 このワードが、頭から離れない。
(高校時代、波音が仲良くしてた子っていたっけ……?)
 気が付くとそんなことばかり考えてしまって、ハッと我に返る。そんなことを早数時間繰り返している。
 もやもやと頭を悩ませていると、扉が開く音がした。
「ただいまー」
(かかか、帰ってきた! どうしよう、出迎えのときってなんて言うんだっけ)
 パニックになる。
「あ、波音。お、オカエリ」
 咄嗟にカタコトになってしまった。波音が立ち止まって私を見る。
「どうした、カタコト」
 波音が戸惑った顔をする。
「うっ……ううん、ベツニ」
平静を装おうとすればするほど、おかしくなる。
「……沙羅と会ってきたんだよね? どうだった?」
「うん。タノシカッタ」
「だからなんでカタコト……?」
 とうとう波音に怪訝な顔をされてしまった。
「なんでもないよ! そ、それより、晩御飯本当に用意してないんだけど大丈夫だった?」
「あ、うん。大丈夫だよ。それで桜、これ着てくれない?」
 波音が高級そうな紙袋を差し出してくる。
「え、これって……」
 ロゴを見て、目を見張る。
(これ、知ってる……めちゃくちゃ高級なドレスブランドだ)
「開けてみて」
 中にはやはり、豪華なドレスとヒールパンプスが入っていた。
 白を基調とした生地に、水彩の桜が咲いているフェミニンなロングドレス。
 パンプスはドレスに合わせた光沢のある白色で、留め具のところのパールが可愛らしい。
「すごい。可愛い……」
 ドレスを見て目を輝かせる私に、波音はふっと柔らかく微笑んだ。
「いつも頑張ってる桜にプレゼント。これ着てご飯行きたいなと思って」
(つまりこれから、ドレスコードがあるお店に行くってことだよね……?)
 嬉しい。でも、いいのだろうか。
「……すごく嬉しいんだけど、でも私、ただ仕事してるだけだよ? それに、ちゃんとお金だってもらってるのに」
「俺があげたくてやってるだけだから、気にしないでよ」
 悩むけれど、既に買ってきてしまったものを遠慮するのも申し訳ない。
 それに、波音もお腹が減っているだろうし……。
「……じゃあ、お言葉に甘えて」
「うん。絶対似合うと思うから、着て見せてよ」
 部屋で着替えてから波音の元へ行く。
「どうかな」
(ドレスなんてほとんど着たことないし、緊張する……!)
 どきどきしながら波音を見ると、頬を赤くした波音と目が合った。
「……想像以上にすごく似合う。可愛いよ、桜」
 波音が手を伸ばしてくる。手が頬に触れそうになり、思わずその手を避けてしまった。
 波音の手が宙で止まる。
「……あ、ご、ごめん。びっくりして」
 慌てていいわけのようにそう付け足すけれど、気まずさは消えない。いたたまれず、私は波音から目を逸らした。
「……ううん。俺こそ、ごめん」
「普段こういう格好しないから、ちょっと緊張しちゃって」
「そっか。そうだよね。嫌じゃない?」
「全然! すごく可愛い」
「よかった」
 少しづつ気まずさが消え、ホッとする。
(……うるさいってば、私の心臓……)
 波音には好きな人がいる。高校時代からずっと変わらず、波音はその子のことを想い続けている。
 私の入る隙なんてないのだ。
「お腹減ったね。ご飯、楽しみだな」
「そうだね。それじゃ行こうか」