「なかった事にはなりませんでしょうか?」

 コリンズ伯爵が震える声で仰いましたが、無理ですわね。

「なりません。ここでなかった事にしてしまったら立会人である殿下の顔に泥を塗る形になりますな」


「……そうですよね、」
「そうですよ、父上。リュシエンヌと婚約破棄をするにあたって高貴な方に力を貸してもらったのです。持つべきものは位の高い友人ですよ」

 ぽん。とアルバート様はコリンズ伯爵の肩に手を置きました。

「お前は、勝手なことを! 昨日話を聞いて妻は倒れたんだぞ! 娘たちもヒステリックになったり傷心のあまり物を壊したり、うちは大変なんだ!」

 まぁ。夫人が倒れて……それは心配です、繊細な方ですもの。令嬢達は物にあたってはいけませんわね。


「母上は元々病弱なんですよ。アレくらいで倒れるくらいでは伯爵家当主の妻としてやっていけませんよ」

 最低ですわね、アルバート様! つい眉を顰めてしまいましたわ。お母様は笑みを浮かべながら青筋が……恐ろしいですわ!


「あー。ケンカは家に帰ってからしてくれませんかね? サインをするのかしないのかどっちですか?」

 ようやくお父様が本題に……もう疲れましたわ。早くサインをもらって楽になりたいのですが、次から次へと問題が出て来ることをこの時の私は何も知りませんでしたの。


「父上、ここでサインをしなかったら殿下に申し訳ない。さっさとサインをしましょう」

 アルバート様はサインを済ませました。殿下の名前を出されたからにはコリンズ伯爵様も震える手でサインをしました。

「この書類は我が家で提出させてもらう。おい、これを急いで王宮に持っていってくれ」

 執事は頭を下げて、書類を預かり扉を閉めた。