アリンコと佐藤くん

 心臓が今にもバクハツしそうなくらいバクバク音を立ててる。
「ど、ど、ど、どうして……」
 なんでこのひとが佐藤くんにあげたプレゼント持ってるの?
 必死に声をふりしぼってたずねると、金髪男子はひとこと。
「オレのゲタ箱に入ってたから」
 ええっ?
 そんなバカな! あたしは確かに――。
 そのとき、
「げっ、佐藤!」
 クラスメイトの男子がおびえたようにさけんだ。
 さ・と・う?
 あたしの背中にツーッと冷や汗が流れた。
「うわマジだ。なんでC組の佐藤がいんの?」
 他の男子も金髪男子を見て思わず後ずさり。
 まさか、まさか。そんなことって。
 ものすごくイヤーな予感があたしの心をかけめぐる。
「ムカつくな、オレが来ちゃいけねーのかよ」
 金髪男子は遠目から自分をながめる男子たちをキッとにらみつけると、
「ゴメンな、ここじゃうるせーから、いっしょに来てくんねぇ?」
 と、あたしの手を引っぱってクラスから連れ出した。
 わわっ! どこに連れて行かれるんだろう?
 心臓がいっそうバクバク鳴ってるよ。
 金髪男子はあたしの手を握ったままスタスタ歩いていく。
 指の長い、大きな手。
 中指にターコイズのついたシルバーのリングが光ってる。
 ブレザーをいいかげんに羽織った背中はとても広くって、中一なんて思えないほどたくましく見える。
 そ、そうだ。あたし、この背中におんぶされそうになったんだっけ。
 わー、思い出すだけで恥ずかしくて顔が真っ赤になっちゃうよ。
「よっし、このへんなら大丈夫か」
 と、つれて来られたのは、ろう下のつきあたり。
 ロッカーの並んだ人気のない場所。
「あの、あの……」
 あたしは、おずおずと金髪男子に声をかけた。
 これだけは、どうしても確認しておかなくちゃ。
「なに?」
「すみません。お名前、教えてもらってもいいですか?」
 さっきのクラスメイトの男子たちが話してたのって、きっと、あたしの聞きまちがいだよね……?
「ああ、オレ? コローだよ。やっぱ読みにくいよな」
「コロ?」
 なんかワンちゃんみたいな苗字。
「ちげーよ。コロじゃなくてコロウ。虎に狼って書いて虎狼」
 虎に狼で虎狼?
 獰猛な感じで、いかにもこのひとにピッタリ!
「虎狼さん、なんてめずらしいですね」
 すると、金髪男子は軽くうなずいて。
「だろ? 佐藤 虎狼(ルビ・さとう ころう)なんてよ。苗字と名前にギャップありすぎだよな」
 うそおぉーっ!!!
 やっばり、このひとも佐藤っていうの???
 と、いうことは――。
 考えたくないけど、想像したくないけど、認めたくないけど。
 あたし、まちがえちゃったんだ!
 けさ、すっごくあわててたから、A組の佐藤くんじゃなくてC組の佐藤くんのゲタ箱にプレゼント入れちゃったんだ……!
「けど、さっきはビックリしたな。キミ、同じ学校だったんだ。しかも同級生」
 あたしもすっごくビックリしてます!
「ひょっとしてこれ、昨日の礼? そんな気ぃつかわなくてもよかったのに」
「え、えっと――」
 うわー、思いっきりカンちがいされてる!
 すみません! 今からでも、そのプレゼント返してもらえませんか?
 そんな言葉が今にも口から飛び出しそうになったけど、
「あのケーキ、すっげーうまくて一気食いしたわ。もしかして自分で作った?」
「は、はい……そーですっ!」
 わあああん、あたしのプレゼント、もう食べられちゃってるーっ! 
「キミすげーな。あのケーキなら店開けるレベルだぞ。ありがとな」
「あ、ありがとうございます……」
 ううう。ほめられてるのに、今にも悲しみの涙があふれてきそう……。
 あたしのバカ、おっちょこちょい、あわてんぼ!
 自分で自分をポカポカなぐりたい気分!
 だけど、C組の佐藤くんは、絶望しているあたしの様子にまったく気づくことなく。
「そんでさ、手紙の返事なんだけど」
 そうだ、あたしメッセージカードもつけてたんだった!
 どうしよう、どうしよう。
「友だちになってくれませんか?」
 なんて書いちゃったんだよね……。
「悪いけどオレ、まだキミのこと全然知らないから――」
 それを聞いて、あたしの心にポッとひとすじの光が灯った。
 あっ、この反応は、「おことわり」ってことかな?
 そうだよね。こんなワイルドで大人っぽいヤンキー男子が、あたしみたいなチビちゃんと親しくなんてなりたくないよね。
 うんうん、そうそう、まちがいない!
 と、安心したそのとき。
 佐藤くんがギュッ! とあたしの手を握りしめて。
「これから少しずついろいろ教えてもらってもいいスか?」
 えーーーーーーっ! どうしてこうなるの???
 そんなのって、そんなのって、全然ありえないッスーーーーーー!
 今まで生きてきたなかで、いちばんの大パニックが巻き起こってるあたしをよそに、
 佐藤くんは平然とした顔で、
「んじゃ、さっそくだけどキミの名前、あれなんて読むんだ? アリカワ なに?」
「え……? りんこです。でも友だちからはアリンコって呼ばれてます」
 そう言うと、佐藤くんは急にムスッとして。
「アリンコだぁ?」
「は、はい……」
 なんでっ? なにがそんなに気に入らないの? コワいよーっ!
「いくらキミがちっちゃいからって虫ケラ呼ばわりするなんて、その友だちちょっと失礼じゃね?」
 えっ。怒るトコそこ???
 自分だってあたしのこと小学生くらいだと思ってたくせに!
「ちがうんです! イジメとかじゃなくてあたしの名前が有川 凛子なので、略してアリンコって呼ばれてるんです!」
 きちんとフォローしとかないと、このままじゃ芙美ちゃんがあぶない!
 すると、佐藤くんの顔からフッと怒りの色が消えて、
「なら、オレもキミのことアリちゃんって呼ばせてもらうわ。じゃあ、またな。アリちゃん」
 ポン、とあたしの頭に手を置いて去って行った。
 佐藤くんの姿が遠ざかると、自然とふう~っと大きなため息がもれ、あたしはヘナヘナとその場にへたりこんでしまった。
 あたし、なんてことしちゃったんだろう。
 まちがえて、全然ちがう佐藤くんにバレンタインのプレゼント渡したなんて――。

「アリンコ? やっと戻ってきた。急に教室出て行ったからビックリしたよ。なんかあったの?」
「あわわわわ……」
「ちょっと、アリンコ! 大丈夫?」
 ショックのあまり、あたしはそれからろくに芙美ちゃんと話すこともできなくて。
 結局その日は、うわの空のまま帰宅した。

 翌日になっても気分は晴れないままで。
「おはよー……」
 朝から、どよーんと落ちこみマックス。
 いつもは髪をきっちりおさげに結んでるけど、今日はとてもそんなやる気が出なくて、長い髪が貞子みたいにバサバサーッと広がってる。
「どしたのアリンコ?」
 どっぷりと暗くなってるあたしを見て、芙美ちゃんの目が点になってる。
「別に……どうもしないよ?」
 なんとか元気を出そうと思ったけど、声も笑顔もヘロヘロ。力がわいてこない。
「なんか昨日から様子がおかしいよ。あ、さては! もう誰かから聞いちゃったんだ」
「聞いちゃった、って?」
「ショウくんのことだよ! ガッカリだよね。もう彼女いるんだって」
 えぇーっ? 佐藤くんにカノジョ?
「誰? 誰? うちのクラスの子? それとも別のクラス?」
 けれども、芙美ちゃんは、ううん、と首を振って。
「うちの学年じゃないの。二年のサッカー部のマネージャー。半年前からずっとつき合ってるんだって」
 そうだったんだ……。
 あたしだけじゃなくて、芙美ちゃんも、みんなふられちゃったなんて。
 それも、なんだかさびしいな。