あの日の出会いを、僕はまだ覚えている

「拾ってくれてありがとう」

「うん、まさか学校の先生になってるなんて思わなかった」

海生くんは柔らかな笑みを落とす。
ああ、そうだ。あのときの海生くんと変わらない。男の子なのに穏やかな話し方で、一緒にいてすごく心地良かった。

「そっちこそ、まさかお医者さんになってるなんて」

「まあね。それより、こっちに戻ってきたの?」

「戻ってきたっていうか、私が海が恋しくてこっちの大学受けて、それでそのまま就職した感じかな」

「なるほど、魚月ちゃんらしい」

「そうかな?」

「うん、魚みたいだ」

ドキン――、と胸がきゅっと震えた。
まさか、そんな。

「……覚えてた?」

「もちろん」

「私も覚えてるよ。海生くんの言葉――」

と口を開いたところで「天早先生」と呼ぶ声に振り向いた。どうやら診察の合間を抜けてきてくれたらしい。

「ごめん、じゃあ行くね」

「あの、また、会えるかな?」

思わず聞いていた。
この偶然を今日だけで終わりにするなんてあまりにも勿体ないと思ったのだ。

だけど迷惑だっただろうか。海生くんとの思い出が大切だと思っているのは自分だけかもしれない。海生くんも同じ気持ちだと考えるのは浅はかすぎる。

海生くんは一瞬きょとんしたあと、ふと目元を緩めた。

「また魚になって会いにきてよ」

そう告げた後、足早に去って行った。
私はぼんやりその後ろ姿を見送っていた。

後になって、連絡先を交換したかったなんて欲張りな気持ちがわき上がる。けれど、できなかった。
お互いもうアラサーだし、恋人がいたり結婚してるかもしれないよな、と考えを改める。

でも――。

『魚月ちゃん』と呼ばれたのは嬉しかった。

病院になんてなかなか来ないし、道端でバッタリなんてこともなさそう。
だからもう海生くんには会えないかもしれない。
今日会えたこと自体が奇跡なのだ。

けれどまさかその一週間後、また海生くんに会うとは思わなかった。