菊竹と書かれた表札は今にも消えてしまいそう。
祖父母がいた頃は立派な一軒家だったこの家も、年月を重ねるごとに劣化を進めている。

特に水回りの劣化が激しくて床がたわんできているのを夏波はいつも気にしていた。

誰かが床を踏み抜いて怪我をしてしまってからでは遅いと母親に言うのだけれど、母は呑気に『まだ大丈夫よぉ』と、繰り返すばかりだ。
それでも、と思う。

夏波はもう立派な社会人だ。
個人事業主としてほそぼそとながらやっていっている。

仕事も安定してきているし、そろそろ家の改装工事を考えてもいいかもしれない。
夏波は仕事でほどよく疲れた体で我が家を見上げた。

祖父母の代に建てられた一軒家はこじんまりとしていて、壁が薄い。
他の家と比べてみても随分と古臭い見た目だ。

そんな一軒家の中から男の声が聞こえ漏れてきて夏波は首を傾げた。
この家に暮らしているのは夏波と夏波の母親のふたりだけ。

父親は5年前に他界している。
なんだか嫌な予感がして夏波は玄関の戸に手をかけた。

スライド式のドアで開けるときにどうしてもガラガラと音が鳴るタイプだ。