彰と紗椰が付き合い始めて二ヶ月後、紗椰はシンガポールへ旅行することになった。これは彰と交際を始める前から決まっていたことで、紗椰の一人旅となる。 
 当然、その事情は彰も分かっているのだが、紗椰が一人で海外旅行に行くことが寂しかったし、少々大袈裟だが虚しい気持ちだった。紗椰は彰の顔を覗き込んで、意地悪く笑った。

「そんな拗ねんといてよ」

「拗ねてへんわ」

「拗ねとるがな。ムスーって顔しとるもん」

「大人しく一人でお留守番してますから」

「もう〜。写真いっぱい撮ってくるから。お土産も買うてくるし、ビデオ通話もする。それでええやろ?」

 写真、お土産、ビデオ通話。彰にとって、この三つの中で比較的優先順位が低いのは写真だった。写真はあれば見たいが、紗椰との時間と物欲食欲を優先すると、どうしても写真は二の次になる。 
 何故ここで、彰のこの思考回路を説明する必要があるのか。それは、紗椰の中の優先順位が彰とはかけ離れていたからである。

 三日間の旅を経て、紗椰はシンガポールから帰国した。彰は早速紗椰と会い、お気に入りのパンケーキ店を訪れた。苺が大量に乗ったパンケーキを頬張りながら、彰は紗椰のスマートフォンを借りてシンガポールで撮った写真を眺めていた。

「写真、いっぱいあるな」

「うん、ええやろ」

「ええけど、いっぱいあるな」

「ええやろ」

「何枚撮ったん?」

「さぁ〜。七千枚くらいかなぁ」

「多いわ! マーライオン何匹おるねん!」

 紗椰は写真が好きだった。ただ、紗椰のこの「好き」というのは、一般的に趣味で写真を撮る人とは少し違う。例えば一眼レフのカメラを駆使してプロのような写真を撮ることに拘っていたり、SNSへ投稿する為の写真を撮ったりといった目的ではなく、ただ写真を大量に撮りたいという、そういった趣味を持っていた。

「そういえば、初めて会ったときも写真撮ってたな」

「うん」

「MJの写真が大量やな」

 紗椰のスマートフォンにあるデータだけで、MJの写真集が数冊できるくらいの枚数だった。スマートフォンのデータ保存容量を理解しているのかも怪しいと思いつつ、彰は何故写真を大量に撮るのかを紗椰に聞いた。

「だって、その日その瞬間のことって、大事やん。そんで、人間の記憶って曖昧やし、すぐ忘れるやん。いつ死ぬかも分からんし。そやし、撮れるときは写真をいっぱい撮るねん」

 彰が日記の方が効率的じゃないかと言うと、紗椰は書くのが苦手だからと頭を振った。これから紗椰と交際を重ねると、二人の写真はどれ程の枚数になるのか。

 天文学的な数字になる前に、彰は計算をやめた。