彰と紗椰は、休日にデートを重ねた。二人は趣味も性格も違うが、不思議なほど相性が良かった。

「あ、通り過ぎてる!」

目的の駅を乗り過ごしたのは、これで二回目だった。

「やってしもたなぁ。なんでこうなるんや⋯⋯」

「話し込んでしまうよね。普段はこんなん、ならんねんけど」

 彰と紗椰は会うたびに、お喋りに夢中になっていた。話しても話しても、物足りなかった。 
 あるとき彰は、デートの帰りにまた電車を乗り過ごそうとした。隣に座る紗椰が彰を揺さぶった。

「彰さん、降りるで!」

「降りない」

「なんでよ!」

これも紗椰のツボに入ったらしい。よく笑う人だった。

「最初に二人で電車を乗り過ごしたとき、びっくりした。誰かと話し込んで、周りが見えなくなるなんて初めてやったから」

「そうなん?」

「うん。ほんで、ちょっと考えてみてんけど、何ていうか、紗椰さんと会った日は、その日が終わるのが嫌なんやなぁって。だから乗り過ごしてしもたんやと思う」

「⋯⋯それで、今日も降りないの?」

「うん。紗椰さん、俺と付き合ってくれへん? もっと紗椰さんのこと知りたいし、もっと好きになりたい」

紗椰は、彰の前で初めて、顔を赤らめた。

「⋯⋯私も」

「?」

「私も、降りないから。電車」

紗椰は彰の手に、自分の手をそっと重ねた。

 彰は終電のことが頭に浮かんだが、すぐにそれを追い払った。 
 そんなこと、今考えることじゃない。乗り過ごす。これからもずっと、乗り過ごしていきたいから。