正式に、海斗さんのお見合い日時が決まったのは、それから一週間後のことだった。

「お見合い、俺は出ないぞ」
「わがままを言うな、私の顔に泥を塗るつもりか」

何度目かわからない二人の言い争い。
海斗さんも会長もお互い譲らなかった。

「そもそも、横領事件のあと経営は安定しているだろう。別に横川の支援なんていらないじゃないか」
「お前はよくやっているよ。でも、いつ今回のようなことがあるかわからない。その時、妻の実家が後ろ盾となることでお前の負担が減るだろう!?」
「そんなのなくても俺はやっていける」
「そんな怠慢な気持ちだと、いつか傾くぞ」

大声で怒鳴りあうわけではないが、二人の間に火花が見える。
話し合いにはなっていなかった。

「とりあえず、お見合いは二週間後だ。当日は必ずこい。いいな」

最近のお決まりのセリフを言って、会長は部屋を出て行った。
会長がお見合い話を持ってきて以降、毎日のように来てはこうした言い争いをしている。
会長の言い分もわかるが、毎回では気分も落ち込んでくる。

「大園さん」

会長はエレベーターの前で見送る私を手招きする。

「これ、新しい就職先の一覧だ。好きなところを選ぶといい」

用紙を渡されると、ずらっと企業名が並んでいた。
どこも一流企業である。

「……いりません」
「そう言わず。君には必要な物だろう。来週までに決めておいてくれ」
「来週ですか!?」
「あぁ、君には来月末で辞めてもらうつもりだよ。今、後任を探しているところだ」
「え……」

私に押し付ける様に紙を渡すと、会長はエレベーターで去って行った。

「うそでしょう……」

唖然として目の前が真っ暗になる。
私、来月でクビになるってこと?
足元がぐらついて、その場に座り込んでしまった。
こんな強制排除、酷すぎる。
海斗さんに相談する?
でも、お見合いの話だけであんなに難航しているのに、そこに私のクビの話をしたとしてそれがなくなることはない気がする。

「やっぱり別れないといけないの?」

以前言われた言葉を思い出す。
『なにが海斗のためになるか』
海斗さんのために身を引けというのか……。
会長は私から攻めていく気だ。そんなの敵うわけがない。

「もうやだ……」

不意にそんな言葉が口からこぼれた。
海斗さんをどんなに好きでも、こうして反対され続ければ心も疲れてくる。
もし私たちが無理に結婚したとして、はたして幸せになれるのかな。

来月でクビになる件、海斗さんに相談しようか迷ったが、社長室で疲れたようにぐったりしている海斗さんを見ると言えなかった。
そんな私に、追い打ちをかける様な事が起きた。

「あの、大園さんですか?」

仕事が終わり、会社を出ると入り口でそう声をかけられた。
顔を上げ、「あ」と声が出る。
暗い中、会社の前に立っていたのは海斗さんのお見合い相手、横川真理愛さんだった。
お見合い写真と同じように、色白で小柄な可愛らしい。
私を真っすぐ前から見つめてくる。

「少しお話良いですか?」
「え……、私ですか?」
「はい。あなたと話がしたいんです」

小動物のような顔をしているが、意志の強いきっぱりとした物言いをする。
小さく頷くと近くの公園へ連れていかれた。

「話ってなんですか?」
「あなたが海斗さんとお付き合いされていると聞きました。なので、お見合い前にあなたと話をするべきかなと思って」
「話って……?」
「別れたくないなら、私は一向にかまいません。なんなら私から父に口添えしましょうか?」
「本当ですか!?」

真理愛さんの提案に驚いた。
驚く私に真理愛さんは淡々と続ける。

「正直、私は海斗さんと結婚してもしなくてもどちらでもいいんです。政略結婚なんて覚悟の上だし。ただ、断るとなると海斗さんの立場は危ういです。横川の支援は今後一切なくなるでしょうし、横川側についている企業も疎遠になるでしょう」
「……そんなに大事なんですか?」

横川側の企業からも疎遠にされる可能性までは考えなかった。
海斗さんはきっとそこまでわかっているだろう。

「うちを相手にしたから大事になるんです。横川はそれほど大きい立場にあります」
「私が別れれば、神野フーズは安泰だと言いたいんですか?」
「まぁ、そうですね。でも、先ほども言いましたが別れたくないなら私は構いません。ただし立場的にあなたは愛人ということになります」
「愛人!?」

海斗さんの愛人になるというの……?
想像しなかった言葉に愕然とする。
さらに真理愛さんは続ける。

「もし愛人になった場合、子供は作らないと約束してください。相続とか跡取りとか面倒になるので」

私は言葉を失った。
愛人になれ、子供を作るなって……、そんなの一方的すぎる。
しかし、なにより。
そんな大切なことを真理愛さんは機械のように淡々と話す。
気持ちが全くない話し方にもぞっとした。
感情がないような、そんな話し方や表情だ。
彼女はもう、その年ですべてを諦めてしまったかのように感じられた。

「もしそれが嫌なら、完全に別れてくださいね。では」

言うだけ言うと、公園に横付けされた黒塗りの車に乗り込んで真理愛さんは帰って行った。
私はそれから、どうやって帰ったかほとんど記憶がなかった。
気が付けば、自宅のベッドに腰かけていた。
どうしよう、全く頭の整理がつかない。
来月にはクビになって、海斗さんと付き合うなら愛人になって子供は作るな……?

「どうしてみんな、そう勝手なことばかり言うのよ……」

会社のため、みんなそれしか考えていない。
私や海斗さんの気持ちなんてどうだっていいんだ。
海斗さんにもらった指輪を見て、涙がこぼれる。

「やっぱり、住む世界が違うのかな……」

ベッドに横になって、呟いた。