海斗さんと恋人同士になって半月ほどたって、秋の気配も深まり肌寒くなってきた頃。
イベントが終わってたまっていた書類をまとめて経理部へ出しに行くと、いつもいるはずの竹田さんの姿がなかった。
あれ? 珍しい。今日はお休みなのかな?

「これお願いします。あの、今日は竹田さん、お休みですか?」

近くの経理部社員に書類を出しながら聞いてみると、困ったように眉を下げられた。

「竹田さんね、昨日付けで退職されたんですよ」
「え!? 退職?」

そういえば、イベントが終わってからいつもの蕎麦屋でも社内でも見かけることがなかった。
どうしたのかなと思っていたが辞めちゃったの?
あまりに急なことで驚いていると、経理部の人は軽いため息をついた。

「急な退職だったんでこっちも困っているんです。彼女に任せていた仕事も多かったし、この部署に長くいたから彼女じゃないとわからないこともあるし……」
「どうして辞めちゃったんですか?」
「こっちが知りたいくらいです。二週間前に急に休んだと思ったら突然の退職ですからね。昨日、退職届が会社に届いたそうですよ」

退職届が届いったって……。
竹田さん自身はずっと出社していないってこと?
そんな……。辞めるなら一言挨拶したかったな……。
社内で唯一気軽に話せる人だったので、ショックだった。

「残念だな……」

最後に話したのは夏休み前だ。
彼氏と旅行に行くって楽しみな様子だった。夏休み後は普通の業務に加え、イベントに向けた仕事が忙しくて、私は蕎麦屋へは行けず経理部にも行っていなかった。
この半月、竹田さんがどうしていたのか知らない。
なにか悩みでもあったのかなぁ……。
連絡先でも聞いておけばよかった、と少し後悔していた。

翌日。
いつも通り出社すると、すでに到着していた海斗さんが険しい顔でどこかに電話をしていた。
電話を切り、「はぁぁ」と深いため息をついてデスクに肘をついて頭を抱える。
空気が重い、何かあったのだと感じた。

「おはようございます。どうされたんですか?」
「大園、緊急の役員会を開くから至急、役員たちに連絡してくれ!」
「え? どうしたんですか?」

あまりの剣幕にたじろぐ。
海斗さんからは焦りと焦燥、苛立ちが出ている。
こんな海斗さん、初めて見た。

「経理部に横領が見つかった。犯人は経理部の竹田だ」
「え……?」

横領? 犯人が竹田さん?
急な言葉に頭が追い付かない。
だって、竹田さんは一昨日辞めたばかりで……。

「どういうことですか……?」

口の中が乾くのが分かった。
海斗さんも眉を寄せ、厳しい顔で額を抑える。

「以前から経理部で怪しい動きがあったんだ。だから内密に調査をしていた。そうしたら急に竹田が休みだして辞めた。調査されていることに感づいたんだろうな。調査の結果、竹田が横領していたことがわかった」
「そんな……」

あの竹田さんが? 信じられない。
あんなに真面目そうな人なのに……。

「役員会を開いて今後どうするか話し合う」
「わかりました……」

動揺しながらも、すぐさま専務、副社長、他役員や経理部部長などに連絡をして緊急の役員会の手配をする。役員会は昼から行われることになった。
海斗さんは今日の予定を全てキャンセルし、早々に会議室へ向かって資料を確認している。
私はその間、スケジュール調整やその他の仕事をしていた。
でも、もちろん身が入らない。

「竹田さん……、どうなるんだろう」

いつから横領なんてしていたんだろう。
横領があったことで、会社はどうなるの?
海斗さんの責任は?
気になって仕方がないが、会議が長引いているのか海斗さんは何時間たっても戻ってこなかった。