無事にイベントが終わり、来場者のお見送りが終わる。
会場内は片付けが進められ、みんなイベントの成功にホッとしていた。

「お疲れさまー」
「お腹すいたね」

明日は土曜日で休みだから尚更、開放感が漂っている。
他の社員たちはどこか店を貸し切って盛大に打ち上げをするらしかった。
私と社長は出ないので、これから一回会社に戻る。
時計を見るともう19時をとっくに過ぎていた。
支度をしていると、社長が近くの社員に声をかけに行った。
労いとともに何か封筒を渡し、それに社員たちが沸き立ち、口々にお礼を言っている。

「何を渡したんですか?」

戻ってきた社長に聞くと、ニッと口角を上げた。

「ん? 俺のポケットマネーで慰労金。打ち上げの足しにしてくれって渡したんだ」
「おお~。社長、格好いいことしますね」

フフフと笑うと、社長は私を覗き込んだ。

「お前も出たかったら行っていいんだぞ」
「え?」
「俺が打ち上げに出たら社員達は羽を伸ばせないだろうが、お前は違うだろう。行きたければ行っていい」

そうか、気を遣ってくれたのか……。
しかし私は「いいえ」と首を横に振る。

「行かないですよ。元から行くつもりもなかったし」
「そうか。じゃぁ、二人で飯でも食いに行くか」

社長の言葉に顔を上げた。
二人でご飯!?
思わず顔が緩む。

「いいんですか? 行きます!」
「何が食いたいか考えといて」
「わかりました。あ、じゃぁちょっとその前にお手洗いへ……」
「おう」

今のうちにお化粧直ししておこう。
キスの件の気まずさはあるが、二人で食事に行けるのは嬉しかった。
社長が誘ってくれた。
それがとても嬉しい。
足取り軽く、トイレを済ませてお化粧を整える。
鼻歌交じりでトイレから出ると、急にグイっと腕を掴まれて物陰へ連れていかれた。

「キャッ」

ドンっと壁に押し付けられて顔を上げると、そこには元カレである生島さんがいた。

「え、どうして……」

今はパーティーの最中のはずだ。
急に現れた生島さんに目を丸くする。

「ここに到着した時、お前が受付にいるのが見えたんだ。まさか神野フーズに就職していたとは思わなかったよ。出世したな」
「は、離れてください。酔っているんですか? 奥様に見られたら誤解されますよ?」

私は壁にぴったりついて距離を取ろうとするが、生島さんは壁に腕をついてさらに寄ってきた。
お酒臭い。かなり酔っているんだろうなということだけはわかった。
お酒が好きな人ではあったが、ここまで飲むのも珍しい。お祝いの席だから羽目を外したのかな……。
しかし……。
この位置、物陰になっていて傍目からはよく見えないし、見えたとしても誰かがいちゃついているようにしか見えない。
人通りの少ない所だからあからさまに目につく場所ではないが、万が一誰かに見られたらまずい。

「会いたかったよ、花澄」
「何言っているんですか。私を振ったのはあなたでしょう?」
「後悔している。花澄にしておけば良かった。あいつはお嬢様育ちすぎて気が強くて我儘で凄く苦労しているんだ。専務の娘というだけで結婚したのが良くなかったな。メリットは将来の地位が確立しているということだけだ」

つまらなそうにそう言いながら頬に触れようとしたので、その手を振り払う。
花澄に‘しておけば’良かったですって?
地位が欲しいから結婚したくせに、今さら奥さんの悪口?
私にだって、本気じゃなかったくせに……。
苦い気持ちがよみがえり、唇をかむ。

「私はあなたと別れて良かったと思っています」
「冷たいこと言っていても、相変わらず可愛いな」
「いい加減にして」

生島さんの腕の中から逃れようとすると、腕を掴まれてキスをされた。

「! 何するのっ」

殴ってやりたいくらいに嫌悪感があるけれど、両腕を掴まれているから睨むしかできなかった。
泣くな、泣いたら負けだ。
涙をこらえて唇を噛む。

「花澄、俺たちやり直さないか? 時々こうして会おうよ」
「バカにしないで。誰があんたなんかと!」
「そうかな? でも体は俺を覚えているだろう? きっとすぐに俺が良くなるよ」

そう言いながら、首元にキスをしてくる。
ゾワッと嫌悪の鳥肌が立つ。
あんなに好きだった人なのに、今はこうして触れられただけで吐き気がしてくる。

「やめて! 大声出すわよ」
「だせば? 前の会社と今の会社と両方で噂が広まる。恥をかくのは俺だけじゃないぜ」
「ちょっとっ……」

生島さんの手が足に触れ、ゆっくりとスカートの中に手が入ってきた。

「やめて!」
「少しくらいいいだろう」

手が上がってきて、恐怖を覚える。触れている場所が気持ち悪い。体ががくがくと震えて、涙で前がゆがんだ。
上がってこようとするその手を必死で抑えるが、震えて力が入らない。
怖い。生島さんが怖い。
大声を出さなきゃ。でも恐怖で声がうまく出ない。
どうしよう、誰か!