「いつまで、ルロウ"様"と呼ぶ? おれの婚約者なのだから、かしこまった言葉も必要はない」

「お名前を呼び捨てに? け、敬語も……」

「西華では、よほど高貴な身分でない限り夫婦は同等に扱われるものだ。ご丁寧に"様"を付けるのは、王やそれに連なる妃といった者たちばかりだ」


 思い返せば、西華出身の双子もルロウに敬称を付けて呼ぶことはない。年齢的にまだ子供だから許されているのだとばかり思っていたが、これも文化の違いなのだろう。


「でも、ルロウ様をいきなり呼び捨てにするのは、まだ慣れないといいますか……」


 シャノンが遠慮すると、ルロウはふむ、と息をついてニヤリと笑んだ。悪戯を思いついた子供のような顔つきで。


「それは、慣れてしまえば問題あるまい。いまから数えて百を言い切る間に、自然と呼べるようになるだろう」

「イイね! ぼく数えるから、練習してみなよ」

「ハオまで、そんな急にっ」

「そんなに恥ずかしい? でも、フェイロウの言うことは絶対だから、フェイロウが満足するまで付き合ってあげなきゃ」


 盲信双子の片割れであるハオは、もちろんルロウの意思を優先する。逃げ場はなく、ルロウの催促するような視線だけが突き刺さった。

 どうしてそこまでこだわるの、と思ったシャノンだが、それは彼の暇つぶしだったのだとすぐに知ることになる。


「ル、ルル、ロウ……」
(様……)
「いち」


 まさかのカウントは、ルロウの口から伝えられた。
 名前を呼ぶたび、反応を堪能するように注がれる眼差し。


「ルロウ……」
「に」
「……、ルロウ」
「さん」


 一種の拷問のような名前呼びのカウントが50を超えたころ、すっと興味をなくしたルロウは、近くの店に吸い寄せられるようシャノンから離れて行ってしまう。

(なんて気分屋なの)

 解放はされたものの、なんだか釈然としないままシャノンはため息をつく。

(ルロウ)

 結局、話し方については深く触れられなかったので敬語が継続となったが、呼び方については見直されたのだった。