聖女をおぶって走り出した王子をサルが凄い勢いで追いかけていった。

一体どうしたというのか、今日はサルがいつも以上に攻撃的に見える。聖女をおぶっている王子にサルも無茶はしないだろうし、いつものことだ、放っておこう。

サウェリオと他愛のない話をしながら、のんびり小一時間ほど歩いただろうか。両親の墓は海と街が一望できるとても美しい場所にあった。

「よくこんないい場所に墓を作れたな」

「兄さんが教皇として頑張ってくれているおかげだよ。兄さんが遠い地で頑張ってるんだから俺達も負けられないなって、父さんいつも言ってたよ。あれは口癖みたいなもんだったな」

当時を思い出しているのだろうか、サウェリオが海を眺めながら穏やかに笑っている。

「魔法を初めて使った時のこと、兄さんは憶えてる?」

ふいに聞かれて昔のことを思い出した。あの時のことを忘れるわけがない。

あれは私が10歳で弟のサウェリオはまだ3歳になったばかりの頃だった。父も母もいつも忙しく働いていたので、弟の面倒をみるのは兄である私の役目だった。

木の実を使って何かおもちゃを作ろうと提案すると、サウェリオは大喜びして、街の外れにある雑木林へ一緒に木の実を集めに行くことになった。

普段は動物のいない安全な場所のはずだったのに、運が悪いことに、その日私達は、群れからはぐれた狼に遭遇してしまった。

できることならこのかわいい弟だけでもなんとか救いたい。

その一心で、弟を抱いて狼から逃げようとしたが、10歳の私はあまりにも小さかった。例え弟がいなかったとしても、狼から逃げきることなんてできるはずもなかったのだ。

ほんの数メートルで弟を抱えたまま転んだ私は、狼の気配をすぐ後ろに感じて、必死で弟を抱き込んだ。

あとにも先にも、あの時を越える恐怖を感じたことはない。恐怖で声が出せなくて、頭の中で繰り返し繰り返し助けを求めた。

(助けて!助けて!助けて!)

狼のうなり声を聞きながら襲われる瞬間を待つその時間が、やけに長く感じた。

息をするのを忘れていたかもしれない。頭に血が集まるような感覚に襲われ、意識が飛びそうになった。

その瞬間。

バリバリバリバリ!!!

大きな音を聞いたが、そこで私の記憶は途切れてしまった。