30歳という異例の若さで教皇となった私は、先代の聖女に10年間お仕えすることができた。

聖女のあり方や教皇の使命のなんたるかをゼロから教えてくれた先代の聖女は、私にとっていわば教師のような存在だったといえるだろう。

先代の聖女が身罷られ、私が新たな聖女の召喚の儀を執り行ってから、既に10年の月日が流れた。

通常、召喚された聖女は神殿に降臨するはずだが、その日聖女は姿を現さなかった。

先代の聖女から教えられたことを新たな聖女に伝えなければ、、そんな決意をもって召喚の儀に臨んでいた私は、とんだ肩透かしをくらったと感じていた。

かつて聖女のいない時代があったという。

世界は自然の脅威に晒され続け、疫病が蔓延し、爆発的に人口を減らした。更に子供がほとんど産まれず、世界はこのまま滅亡するのだと、その時代を生きた者は誰もが感じたという。

世界の滅亡を嘆いた教皇が神に祈りを捧げ、聖女が誕生し、世界は救われた。

聖女は本来、その存在のみで、世界を救う力を有する。

大きな力を有するが故に、その周辺には、権力や金や政治がつきまとうようになっていた。神がそんな状態を許すはずもないのに。

新たな聖女は姿を隠し、その存在のみで世界を救い続けている。

赤ん坊の姿で降臨したはずの聖女が、どこでどう過ごしているのかはわからない。世界が守られ続けていることが、その生存の証なのだ。

数週間前に聖女の魔力が微かに感知されたと報告された。

王国は速やかに捜索隊を派遣し、魔力が感知されたという森周辺の捜索を続けていたが、いまだ聖女の発見には至っていない。10年も隠れ続けた聖女が、そう簡単に見つかるはずもないのだ。

10年前、聖女が降臨しなかったことで、世界は一時パニック状態となった。

召喚を行った私は聖女の誕生を確信していたものの、実際に姿をその目で確認できないのだから、周りは決して納得しなかった。

聖女の存在を確かに感じていた私が揺らぐことはなかったが、この機に乗じて教皇の地位を狙うものが現れ、神殿は内外から謀略の渦に巻き込まれた。

神殿と対立関係にあるトレドミレジア王国は、聖女不在が続いていることを知り、ここぞとばかりにその責任を激しく追及してきた。

それによって聖女不在の噂が民にまで伝わり、世界は大きな不安を抱えることとなる。

聖女は例え無自覚であってもその力を行使し続けていたので、実際は問題など何もなかったはずだった。

私は根気強くその事実を民に伝え続け、姿は見えずとも聖女の存在はジワジワと浸透していき、次第にパニックは収束した。

だが、世界に落とされた聖女不在という小さな雫は次第にその波紋を大きくして、聖女の力が及ばない経済に、少なからず影響を及ぼした。

一度回り出したその歯車は止めようもなく、容赦なく民の暮らしを直撃することとなり、聖女とは無関係に王国は揺らぎ続けていた。