将来有望な助教授の未来を潰した私は教授の逆鱗に触れ、脳外科医への道を完全に閉ざされた。脳外科医としての再就職先は見つからず、これまでの努力が全て水の泡となったのだ。

毎日仕事に明け暮れていた私は、突然病院を放り出されて何もすることがなく、寝て起きたままのスウェット姿で近所の公園のベンチに座っていた。

どれくらいそこでそうしていたのだろう。

「お姉さん、何してるの?」

突然声をかけられて意識を取り戻す。いつの間にか夜になっていた。

私に声をかけたのは随分若そうな男の子で、少女漫画に出てきそうな爽やか好青年といった感じのイケメンだった。

「大丈夫?どっか具合悪いの?」

心配してくれてるのか。いや、あの病院から抜け出してきた入院患者だと思ってるのかも。

「大丈夫です。ちょっと考えごとしてたら、時間が経つのを忘れちゃって」

「アハハハ!何それ?真っ暗になっても気付かないとか、お姉さん考え過ぎー!」

その男の子が突然大笑いし始め、びっくりした。

「あれ?お姉さん、よく見ると綺麗な顔してるね!俺、ナンパしちゃおっかな!」

そう言って、彼は私を近所の居酒屋に連れて行き、一緒にご飯を食べてくれた。

食べてる間、彼は自分のことをいっぱい話して聞かせてくれた。この近所に住んでること、整体師をしていること、ドライブが好きなこと、昔バンドをやってたこと、他にもたくさんたくさん。

お腹がいっぱいになったから帰ることになった。

彼とはそこでお別れだと思ったのに、なぜか私の家までついてきて、いつの間にか一緒に暮らすようになっていた。

無職の私に何も聞こうとしない彼との生活は、不思議と居心地が良かった。

彼が仕事帰りに買ってきてくれるご飯を食べて、お風呂に入って体を洗ってもらい、一緒に寝る。それ以外は何もしないまま、3ヵ月が経過していた。

研修医の時にお世話になった心臓外科の教授から連絡があって、その気があるなら知り合いの病院を紹介すると言ってくれた。

私が再就職していないと噂で聞き、潰すには惜しいと思ってくれたそうだ。あんなことになってしまったが私は確かに優秀だったし、病的なほどの集中力の高さは外科医として恵まれた才能のひとつだった。

勉強好きな私が研究室への就職をやめたのは、手術への探求心が勝ったからだった。

脳外科ではなくても、またあの場所へ戻れる。私は今32歳、専門医になるまで5年、まだやれることは十分あるだろう。

よし、医者に戻ろう。

新しい病院に行くとなると、ここから引っ越すことになる。彼になんて言おうか。

「え?就職したの?やったね!おめでとう!ん?引っ越し?いいね!せっかくだしさ、ベッドもっと大きいのにしない?」

彼の職場はこのそばだから、引っ越すとなれば当然お別れするのかと思ったのに、彼はまた私についてくるという。

「え?だって俺の仕事はバイトみたいなもんだし、一応資格持ちだから働き口は意外と簡単に見つかるんだよね!俺、りかちゃんと離れたくないんだもーん!」

もーんって、、彼がかわい過ぎて思わず笑ってしまった。