兄が王都を離れアレオンへと向かう前日、残務処理に追われる俺の執務室まで挨拶にやってきた。

「昨日母上に会ってきた。あんな落ち着いた状態で話せる日がくるとは思ってもいなかった。機会をくれて感謝する。ありがとう。本当に何もかも、、」

幽閉後、目覚める度に興奮しては泣いて暴れて気絶を繰り返し、一日の大半を意識のない状態で過ごしていた王妃は、ラグランジュ公が捕らえられたことを知って、しばらくすると憑き物が落ちたように大人しくなった。

素直に聴取に応じた王妃は、これまでラグランジュ公が関わった悪事を知りうる限り暴露し、自身が直接関わったことについても隠すことなく供述した。その罪状の多岐にわたる内容と多さに情状酌量の余地はなく、極刑は免れないかもしれない。

いっそ狂ったままなら回避できたその罰の行方を確かめることなく城を出る兄に、王妃と面会する時間を用意したのだ。

「母上はラグランジュ公に狂わされていたのだな。知っていたつもりだったが、本当の意味で理解はできていなかった」

俺を避け続けた母と違い、王妃は常に兄のそばで母親としての存在を誇示し続けた。それは愛ゆえではなく、歪んだものだったのかもしれない。だとしても、兄にとって、王妃は間違いなく母親だったのだ。

「とはいえ罪は罪だ。あの人は踏み外した罰を正しく受ける義務がある。王としての公正な判断をお願いしたい」

そう言って、兄が俺に頭を下げた。

自らの母が極刑になることを覚悟した上で、その判断を余儀なくされる俺の負担を、少しでも減らそうとしてくれているのだろう。

これだから、俺はどうしても兄が嫌いになれなかったのだ。

「レオンティウス、しばらくはお前とも会えなくなるんだ。そんな顔しないでくれ」

重くなり過ぎた空気をどうにかしようと、兄が強引に話題を変えた。

「唯一の心残りは聖女に会えなかったことだな。一体いつ迎えに行くつもりなんだ?」

終戦から既に半年以上の月日が流れていた。即位して間もない今はやるべきことが山積みで、時間がいくらあっても足りない。

「本当は今すぐにでも飛んで行きたいのですが、なかなか時間が取れなくて、、」

「好きなんだろう?ぐずぐずしてると他の男にさらわれてしまうぞ?」

「え!?いや、そんなことは。いや、でも。まさか、そんな、、」

あれだけ愛を囁いてもびくともしなかった聖女がそう簡単に他になびくとは思えんが、、いや、何かのきっかけで恋に落ちないとも限らないのか?まずい、、もう手遅れかも、、

「ふふっ、レオンティウス、思考がそのまま口から漏れてるぞ?」

「え?あ!え!?」

「さらわれるなんて冗談だから大丈夫だよ。お前は王に相応しいだけじゃなく、人として魅力に溢れた素晴らしい男だ。私が保証する。自信を持って聖女を迎えに行けばいい」

兄は俺の憂いを晴らし、優しい笑顔を残して部屋をあとにした。

兄はやはり、この国の王に相応しかったと今でも思う。だがそれは考えても仕方がないことだ。

今はやるべきことをすぐに終わらせ、早く聖女を迎えに行こう。