「お供します」

そう言ってユリウゴットが席を立つ。残念ながら、俺の魅了は彼には効果がないようだ。

「訓練所に向かわれるのでは?」

「そのつもりだったが、君がついてくると言うから気が変わった。それとも君が剣の相手をしてくれるのかい?」

元々、未処理の書類が運び込まれている倉庫代わりの書庫へと向かうつもりだったが、そこに直接行くわけにもいかず、無駄に城内をうろついた。

そろそろ戻ると見せかけて書庫に向かい、我ながら白々しい演技でちょっと気が向いた風を装って、ようやく目的地である書類の山に到着する。

「何かお探しですか?」

「いや、サインばかりで飽きてしまったから、気分を変えて仕分けをするのも悪くないかと思ってね」

「殿下にそのようなことはさせられません。仕分けは私どもで致しますので」

「私にそんな気遣いは無用だよ。それとも、ここの書類を私が見ると何か不都合でもあるのかな?」

「、、、いえ、そのようなことは」

さすがのユリウゴットも無表情ではいられないのか、ほんのり焦った様子が感じられて小気味いい。

よし、邪魔が入る前に、一気にやってしまおう。地域ごとに分類し、重要度の高い物を選別していく。

やはり北部の案件がここにはない。そして、想像以上に他地域の重要案件が放置状態となっていた。

そのことにはあえて触れずに、特に重要度の高い物は小脇に抱え、全ての重要案件を箱詰めしてユリウゴットに持たせる。

「この束は急ぎの案件だから、なんとか今日中に終わらせよう」

執務室へと戻る前に関係部署へ直接出向き、急ぎの案件を今日中に回すから早急に処理するよう指示をした。

本来なら速やかに決裁されるべき案件が長期間放置されているのだ。モタモタして妨害にあってはたまらない。紛失や漏れがないよう始めに書類の概要を一覧にして書き出し、三日かけてその全ての処理を終わらせた。

不眠不休で決裁を続け席を立とうとしない俺に慌てふためくユリウゴットの様子は、休憩を挟めば邪魔が入ると予感させ、その考えはあながち間違いではなかっただろう。

数日後、執務の前にひと汗かこうと訓練所へ向かう途中で、ラグランジュ公に出くわした。

「レオンティウス殿下、先日は随分とご活躍されたそうで」

悪意を持って止めていた案件を俺が強引に決裁したのが余程腹に据えかねたのだろう。ラグランジュ公は挨拶もそこそこに嫌味を口にした。

「若いとはいえ無理は禁物。殿下が体調を崩せば、陛下が悲しまれることになりますぞ」

この男は俺に薬でも盛るつもりなのだろうか。爽やかな朝がこいつの脅し文句のせいで台無しだ。

兄はラグランジュ公に顔立ちが似ている。外見ではなくこのいかにも腹黒い性格が似ていれば、俺も兄も今より苦労が少なかったかもしれないな。

「丈夫だけが取り柄なので心配は無用です。大公殿こそもう若くないのだからご自愛下さい」

念のため、笑顔で魅了を振りまいてみたが、絶対に効果はないだろう。