始めの内は、ユリウゴットが持ってくる書類に目を通して問題がなければ承認してサインしていたのだが、途中で違和感に気付いた。

ユリウゴットが持ってくる書類の量は半端なく多い。次から次に執務室に持ち込まれるそれは、確認するだけでも休む暇がないほどの量だった。

だがそのどれもが、あまりにも取るに足らない物ばかりだったのだ。

それでも、重要な案件は王や王太子が承認しているのだろうと思い、気にせず目の前の仕事を片付けることに集中した。

しばらくして、これだけの量を捌いているにも関わらず、北部の案件が全くないことに気づいた。手が回らずに急ぎではない物が山積みになっていて、それが俺に回ってきていると認識していたのだが、北部にもそういった案件があって然るべきだろう。

北部といえば、王妃の生家、ラグランジュ大公爵家の領地が広がる地域である。

思い返してみると、ラグランジュ公と懇意にしている貴族が関わる案件も目にしていない。

そういえば、議会でのラグランジュ公は発言はしないものの、その存在感で他を圧倒していた。ラグランジュ公が大きな力を持っているのは昔からのことなので気にもしなかったのだが、他の貴族達の様子は確かに違和感があった。

仮にも俺は王族で、王位継承者だ。その俺に対して、貴族達があそこまで激しい物言いをするのは、いくら王妃の威を借りているとはいえ、本来ならばおかしい。

身分制度を凌駕するほど、ラグランジュ公が力を有しているということだろうか。なんとしても俺を追い落としたい王妃に、意気揚々と加勢する貴族達の言動が、ラグランジュ公へのアピールだったと思えば妙に納得がいく。

この4年の間、ラグランジュ公に有利になるよう政務が処理されていたとしたら、十分にありうる事態だろう。

だが、ラグランジュ公がここまで露骨に勢力を強めているのに、血縁である兄はともかく、父が気づいていないわけがない。何か弱味でも握られているのか?

とにかく、このまま無意味なサインをさせ続けられるのも不愉快だ。あの書類の山を一度自分で確認してみよう。

「どちらへ行かれるのですか?」

突然立ち上がった俺に、ユリウゴットが眉ひとつ動かすことなく聞いてくる。こいつのこういうところが気に食わないんだ。

「疲れた、少し体を動かしたい。君も少しは休憩した方がいいぞ」

返答と共に完璧な笑顔をユリウゴットにお見舞いしてやる。

ユリウゴットは北部の出身だというし、ラグランジュ公の息がかかっているとみて間違いないだろう。

俺の天然の魅了でこいつを落とせれば、少しは動きやすくなるかもしれない。