今年の春で高校2年生になった私と蒼空(そら)は、幼稚園の時からの付き合いで、所謂幼なじみだ。
今まで私はずっと彼の姿を1番近くで見つめ、恋をしてきた。

そんな私の悩みは、、、

蒼空に告白すること。

去年のバレンタインの日に告白を試みたが、今の関係が壊れてしまうことが怖くなり、結局できなかった。
そんな臆病な私だけど、今年の夏こそは蒼空と恋人として過ごしたくて、いつ告白しようかとずっと胸を高鳴らせていた。

蝉が自らの存在を懸命に主張しだした初夏のある日。
とうとう、いつの頃から育てていたのかも曖昧な私の恋心を蒼空に伝える決心ができ、学校が休みである今日、彼の家に尋ねる準備をしていた時だった。

「海美、蒼空くんの家に行くの?」

普段、私の行く先などあまり聞いてくることの無い母がそんな言葉を投げかけてきて、私は首を傾げた。

「そうだけど、、どうして?」

「どうしてって、蒼空くん引っ越すじゃない。
挨拶しに行くんでしょ? 蒼空くんのお母さんにもよろしく伝えてといてね」

「え?」

蒼空が引っ越す?

「何それ。私聞いてないよ?何の話?」

一体何の冗談なのか。私は蒼空から、引越しの「ひ」の字すら聞かされていない。

「聞いてないって、毎日蒼空くんと会ってるでしょ?」

母も困惑したように私を見つめ返す。
何だか居たたまれなくなった私は、家を飛び出た。

蒼空の家へと走りながら、自分の影を見て惨めになる。
さっきまで浮かれ気分で髪を可愛くして、服も時間かけて選んでいた私が無性に憎くなった。


『ねえ、あんた蒼空の引越しすらも彼自身の口から聞かせてもらえてなかったんだよ。
蒼空にとって、それくらいの存在だったんだよ。それなのに告白なんてしようとしてたんだよ』

まるで心の中にもう1人私がいるみたいに、誰かが嘲笑ってくる。

「馬鹿みたい」

思わず口をついて出た言葉が、額から流れる汗と一緒にアスファルトに染みた。

「蒼空、蒼空」

祈るように彼の名前を呼びながら、インターフォンを押した。


ガチャッ

ピッキングでドアを開けた海美は、中に忍び込んだ。

「蒼空!出てこい!」

「う、海美!?」

家の奥から飛び出してきた蒼空は、驚いて腰が抜けてしまった。不法侵入だ。

「引越しするんだって?私に言わないとはいい度胸だね。言い訳のひとつくらいなら聞いてやる」

「こ、口内炎が痛くて、、」

「それだけ?、、歯ァ食いしばってな!」

バシーン!!

海美のビンタ!見事に蒼空の頬にhit!

よろける蒼空。
そして目の前が真っ暗になった。

目が覚めた時、薄暗い部屋で椅子に座らせられていた。両腕は縛られ、足は椅子に括り付けられている。身動きがとれない。

「起きた?蒼空」

目の前には微笑む海美。

「こ、ここはどこだ!解放してくれ!話をしよう!」

「嫌よ、出すわけないじゃない。蒼空はずぅっとここで過ごすのよ」

「何言ってるんだよ海美!いい加減にしろ!」

「は?私と一緒に居れて嬉しくないの?」

「嬉しいわけないだろ!」

蒼空は大声で叫び、紐をちぎって薄暗い部屋から逃げ出した。振り返らずに、一心不乱に走った。

「チッ。逃げやがって。まあいいわ。蒼空が引っ越すまであと1週間あるし、その間に捕まえれば」

だがそんな願いも虚しく蒼空はその日に引っ越した。

空を飛ぶ飛行機を見つめながら海美は呟いた

「私から逃げれると思ってるの、、?」

次の瞬間、彼女の背中から翼が生えた!
ピュイーーン


〜一方その頃、飛行機の蒼空〜

「beef or chicken?」

「ちきん!ここまで来ればあいつも追ってはこれまい」

そしてふと窓を見たその時だった。蒼空はその衝撃で思わず渡されたチキンを落としそうになった。

窓の外では、翼を生やした“海美”が自由に空を飛び回っていたのだ。

「こ、こんなとこまで追ってきやがったのか!」

「お客様?静かにお願いします」

「はあ!?海美が見えないのかよ!?あの空を飛び回っているアレが!」

蒼空が指を指した先には、誰もいなかった。

「いや、でもさっきまであそこに!!」

「蒼空?大丈夫?“海美”なんて知らない子の名前をずっと叫んで、、、」

「か、母さん!? 違う、、おかしいのは俺じゃない!!あいつだ、あいつのせいだ!」

両腕で頭を抱えブツブツと呟く蒼空は、まるで何かに取り憑かれたようだった。

そう、彼は“海美”という自らが作り出した妄想の産物に支配されていたのだ。

「ああ、そっか。海美はそんなに俺のことが好きなのか、、なら仕方ないな。俺と一生2人きりで過ごそう。好きだよ、海美」

突然顔を上げた蒼空は、焦点の合わない目でそう微笑んだ。

頭の片隅で彼女の声が聞こえた。

「私もだよ蒼空。だあいすき。一生離さないから、、」

ガチャッ

ハッ!と目が覚める
「俺、、」
慌てて周りを見渡す蒼空。

「蒼空?大丈夫?」
心配そうに蒼空を見つめる海美。

「こ、こっちに来るなああ!」

思わず距離を取り、海美を睨みつける。

しかしそこに居たのは翼など生えていない、見慣れたいつもの海美だった。
汗だくで、ワンピースにスニーカーという少しちぐはぐな服装をしてこちらを見ている。

そして蒼空が立っているのは、自分の家の玄関だった。


「来るなって何よ!引越しのことも教えてくれないし、、私のこと嫌いになった?」

「ご、ごめん。少し変な夢を見ていたんだ。」

全身から汗を流している顔面蒼白な蒼空を見て、海美は言葉を失った。

「確かにすごく体調が悪そう、、大丈夫?」

海美が蒼空にぶつけようとしていた言葉を忘れるほど、彼の姿は衝撃的だった。

「何があったかわからないけど、1回横になりなよ。立ってるのも辛そう、、」

「いや、いいんだ。それよりどうしたんだ?」

「蒼空が引っ越すって聞いたから思わず家を飛び出して来ちゃって、、それ本当なの?どうして私に言ってくれなかったの?」

蒼空は実は口内炎が痛くて、、と言おうとしたがその言葉を飲み込んだ。

「いつ言おうかと迷ってるうちに、、俺も別れが辛くなってどうしても言えなくて、、」

「そうなんだ、、それでね、私、、絶対ここで言うような事じゃないってわかってるけど、、」

「うん」

「私、蒼空のことが好き」

「え!?海美が俺を、、?」

「うん。ずっと前から好きだった。蒼空のこと」

しばしの間二人の間に沈黙が流れ、蝉の鳴き声だけが響き渡った。

「俺も、ずっと前から海美のこと、、」

蒼空が言葉を詰まらせる。
傍で鳴いていた蝉たちは心の中で声援を送る。

「海美のこと、、好きだったよ」

ぶっきらぼうに言い放つ蒼空。

近づく2人の体。

顔を赤らめて目を閉じる蝉。

2人の距離が0になる、、。

〜数日後〜

空港で、2人は見つめ合っていた。

「じゃあ俺、もうすぐ行かなきゃ」

「そっか。寂しくなるね」

2人は熱い抱擁を交わした。
離れていても、2人の心は繋がっている。
これから先もずっと。