莉乃の様子を伺ってみたが、まだ酔っているような雰囲気ではない。さすがは、毎日お客の相手をしているだけのことはあるな。
そんな莉乃と他愛ない話を続けているうちに、俺はある提案を思いついた。

そうだ……。
莉乃に、俺の結婚相手になってもらえばいい。

莉乃のは生活に困っている。俺は、両親からの結婚の催促に困っている。
俺が莉乃への生活費の保証さえすれば、お互いにとって悪い話ではないと思う。

とはいえ、いきなりこんな話を持ち出したところで、すぐに了承を得ることはできないであろう。
徐々に距離を縮めていけば、莉乃の警戒心もなくなるはずだ。


「今、抜けられないの?」

「え、今は仕事中なので……」


場所を変えて、莉乃と話がしたい。
半ば強引だと思ったけれど、今はそんなことを言っている場合ではない。

「遅くなるといけない」と言っていた莉乃をなんとか説得して、違う場所で飲み直す約束を取り付けた。
会計を済ませてしまおうと俺が立ち去ったあとはいつもの常連客が莉乃のことを待っていたようで、莉乃はすぐにそちらへと行ってしまう。

莉乃の甲高い声がまだ耳に残っているーー。
ダメだ。莉乃をずっとこんな場所で働かすわけにはいかない。

このとき感じたキリキリとした胸の痛みがいったいなんなのか、知ることになるのはもっと後のこと。