バッグを手にしている左手が掴まれた。

スッと目の前に現れたのは、紛れもなく矢吹先生だ。
いつもの落ち着いた声音ではなく、ちょっと苛立った感じの鋭い声。

「さっきの会場にいた人です」
「……そうか」

掴まれる手首がグイっと先生の方に引き寄せられる。

「申し訳ありませんが、彼女の腕を離して貰えますか?」
「……五十嵐さんの恋人ですか?」
「貴方に教える義理はないと思いますが」

節高の骨ばった指先がスーッと横切り、茜の右手首を掴む男の手を振り払う。

「俺と彼女の間に割り込もうだなんて、一万年早ぇーよ」

初めて耳にする刺々しく威圧感のある声音。
『恋人』として牽制してくれたということが嬉しくて、キュ~~ッと胸の奥が甘く疼く。

年齢的にも身長的にもイケメン度でも、全てにおいて先生に軍配が上がる。
やっぱり先生は最強すぎる。



「毎回あーいう奴がいるのか?」
「いえ、毎回ではないですが、……しつこい人はたまにいます」

ホテルを後にし、先生の自宅へと向かう車内。
ちょっぴり苛つく先生の横顔が堪らなくカッコいい。
無意識に見入ってしまう。

「言い訳になりますが、メイクは終わってから化粧室でしたんです。本当ですよ?」
「……」
「香水だって、さっきしたばかりなのに」

少し前に買い物デートした時に選んで貰った香水。
使っていたものがちょうど終わりかけていたこともあって、先生に選んで貰ったものだから。
先生に会うためにしたのに……。

「別に怒ってないよ」
「……本当ですか?」
「ん。……ちょっと焦ったけどな」

先生は自嘲気味に笑った。