「何か聞こえた?」
「……左が凝ってるねって」
「ふうん?」

 オリアーナは至って真面目に、精霊から貰ったアドバイスをメモした。続いてもう一人の悩みも質問する。その問いかけにも、すぐに返事が返ってきた。

『皮膚炎だよ。花粉に反応して起きてるみたい。夏に入るまでできたり治ったりを繰り返しそう。腸内環境を整えることをオススメするよ。ビタミンに乳酸菌、ポリフェノールに食物繊維をしっかり摂って、自然治癒力を高めてみるといいかも!』

 今度は若い娘のようなはつらつとした声だった。

「――次はなんて?」
「バランスのいい食事を心がけて……的な」
「栄養士さんみたいだな」

 忘れないうちに紙に書き写し、残りの一人の相談もして、無事に一日目のノルマを達成した。簡単に思えるが、これが意外と気力を消耗する。疲れたオリアーナはぐっと伸びをして言った。

「ありがとうセナ。付き合ってくれて」
「いいよ全然。楽しかったし」
「そうだ。お礼にセナの悩みも何か聞いてあげるよ。何か悩みとかある?」

 するとセナは、一も二もなく答えた。

「じゃあ、好きな相手に振り向いてもらうにはどうしたらいいか」
「え……」

 いつもの淡々とした口調で告げられた内容に、オリアーナの心臓がどくんと音を立てた。セナには――好きな相手がいる。その事実が、まるで大きな重りのように胸にのしかかってくる。

「セナ……いたんだ、好きな人」

 彼とは長い付き合いだったけれど、この手の話をしたことはなかった。セナだって年頃の男の子だし、浮いた話の一つや二つあってもおかしくはない。

 彼が好きになる相手なのだから、きっととても素敵な人なのだろう。可愛らしくて、上品で、優しくて……。それはきっと、オリアーナとはかけ離れた理想の女の子なのだろう。

「うん。いるよ。……リア? その顔は……」

 オリアーナは見るからに傷ついた顔をしていた。しかし、内心を悟られないようにすぐに笑顔を繕う。

「い、いやなんでもないよ。少し驚いただけ。すぐに聞いてみるから」

 セナから顔を逸らし、目線を上に上げた。彼の悩みをそのまま精霊に打ち明ければ、またすぐに回答が返ってきた。

『その相手はもう、彼のことがすっごく大好きみたい。あとは思いを告げるのみ! 二人は最高のパートナーになれるよ!』

 オリアーナは当惑した。その返答を聞いて心が乱れている自分自身に。自分では抑えきれないほどに胸が苦しい。そこでようやく気づいた。

(私……セナのことが好きだ)

 しかし、今更気づいたところでもう遅い。セナには他に好きな人がいて、その相手もセナを想っている。そして、相性も抜群にいいらしい。自分が入る隙なんてないだろう。

(でも……セナには幸せでいてほしい)

 ここで嘘を伝えることもできた。でもオリアーナはぎゅっと手を握り締め、なけなしの良心を掻き集めて真実を伝えた。笑顔を湛えながら。

「上手くいくって。その相手もセナのことが大好きみたい」
「…………」

 しかし、セナはそれを信じなかった。悲しそうな顔をして笑う。

「もしそうだったら、夢みたいだ」