セナは熱を帯びた表情を浮かべ、こちらを見つめながら口角を上げた。

「照れた顔も、ほんと可愛い」

 そのままぐいっと手を引かれ、もう片手を頬に添えられる。唇をなぞるように親指の腹で撫でられて、頭が真っ白に。色っぽい表情で顔を近づけてくるセナ。唇が触れてしまいそうな距離になったときに、オリアーナはようやく我に返る。

「やめて……っ」

 ――バシン。振り払った拍子に、セナの顔に手が思い切り当たる。セナは痛む頬を抑えながら、呟いた。

「痛っ……え、何これ、現実……?」
「夢じゃないよ……。――馬鹿」

 一体どんな夢を見て寝惚けていたのだろうか。動揺するオリアーナに対して、セナも少し頬を染めながら、「悪い」と謝罪を口にした。彼は赤くなった頬を隠すように手で覆った。

 信じられないくらいに脈動が加速していて、口付けされた手の甲が熱い。まだ肌が、セナの唇の感触を鮮明に覚えている。手を胸元でぎゅっと握り、息を吐く。

(どうしよう、心臓……早く収まって)

 なぜこんなことをしてきたのか分からず、頭の中が混乱した。彼に背を向けていると、いつものクールな調子で声をかけてきた。

「今日の課題を始めよっか」

 頬を赤くしながら振り返れば、すでにセナは通常モードに切り替えていた。

「最初の課題は、精霊から簡単なメッセージを受け取る……だったっけ?」
「う、うん。そうだよ」

 鞄から紙を取り出す。その紙には、神官三名の名前、生年月日と日常の悩みが記されていて。

「……ドミニク・ダーフィン。『最近肩が凝って仕方がないです。どうしたら治りますか』スヴェン・ムートン。……『腰の周りにできものができてしまいました。これはなんですか』……って、なんだこの健康相談」

 セナが突っ込む。神官たちは年配の者が多く、おのずと健康上の悩みが増えるのだろう。

「まぁ、お試しの課題だしね。とりあえず、やってみるよ」
「俺には何も見えないけど、いるの? ここに精霊」
「うん。まだはっきりとは見えないけど、沢山いるよ」

 オリアーナはそっと顔を上げ、空中を浮遊する精霊たちを眺めた。
 今の能力で視界に捉えられるのは淡い光のシルエットだけだ。リヒャルドにはくっきりと見えるらしいが、オリアーナはまだまだである。

 精霊たちに向かって、念を送る。

(精霊さん。教えてくだい。ドミニク・ダーフィンさんの肩の悩みは、どうしたら改善しますか)

 すると、間を置かずに頭の中に回答が返ってきた。

『血行が悪いから温めるといいよ。あとは柔軟体操も。特に左が凝ってるみたいだね。年齢的に筋肉そのものの衰えがあるから、完全に治すのは難しいみたい』

 それはまるで、小さな子どものような声だった。オリアーナははっと目を見開く。