「せっかく始祖五家に生まれておいて、才能に恵まれず修道女になるとは情けないな。さすが、アーネル家きっての出来損ないだ」
「……はは、耳が痛いな」

『出来損ない』と言われることには慣れている。オリアーナが少しもショックを受けずに余裕たっぷりに笑って返せば、レックスは悔しそうに歯ぎしりした。

「お前、なんでいつもへらへらしてるんだ? つくづく生意気で可愛げがないな」

 ずいとこちらに迫って来て尋ねる彼。レックスからすると、どんなにひどいことを言っても怒らずに平然としているオリアーナは気味が悪いらしい。
 オリアーナが寛容で穏和な性格なのは、元の気質と、厳しい家庭で抑圧されて育ったことが要因だ。

「――そこまでだ」

 そこに新たに現れたのは、リヒャルドだった。彼はオリアーナの肩を組みながら、レックスを牽制するように見据えた。

「誰が出来損ないだって? レイモンドの器が大きくて良かったな。俺だったら冗談でもブチ切れてるぞ」

 レックスはリヒャルドの姿に目を見開いた。

「リヒャルド……王子」

 リヒャルドは身体の気を清めるために、週に何度か神殿で参拝しているという。精霊が見える彼だが、その信心深さゆえかもしれない。

「始祖五家への侮辱は、ともにこの国を建国した王家への侮辱とも取れる。お前、命が惜しくないのか?」
「そ、それは……っ」

 いつもあっけらかんとしているリヒャルドが、珍しく威圧的な態度で。それは、王族然とした佇まいだった。

「引け。――目障りなんだよ、お前」
「申し訳ございません……!」

 レックスは転がるように逃げて行った。その後ろ姿を茫然と眺めていると、リヒャルドに胸ぐらを掴まれる。

「おい! なんで笑ってんだよ!」
「ちょ、離し――」
「なんで……何も言い返さないんだ! あんな風に格下に馬鹿にされて、悔しくねぇのか!?」
「…………」

 だって、自分はレイモンドではなくオリアーナだから。紛れもない――出来損ないの方の。

「つかなんでお前、修道女の格好なんか……」

 オリアーナはリヒャルドをまっすぐ見据えて答えた。

「レックスの言うことは間違っていませんよ。私は――レイモンドの姉、出来損ないのオリアーナなんです」
「は?」

 鳩が豆鉄砲を食ったような顔をするリヒャルド。

「私は訳あって、レイモンドの身代わりに魔法学院に通っています」
「は、はぁぁぁあ!?」

 リヒャルドは襟を離して、一歩、二歩と退いていく。そして、かつてオリアーナの胸を触った手に視線を落として、「じゃあ、あのときのは……」とごにょごにょ呟いた。
 認識操作の魔法がかかっていることを打ち明ければ、彼が解除の呪文を唱えてきた。

 ふわりと弱い風が吹き、魔法の効果を体感する。直後、オリアーナの目の前でリヒャルドが目を見開いた。彼がよく知るレイモンドと似てはいるものの、紛れもなく別人がそこにいたから。

 窓から差し込む陽光が、オリアーナの艶やかな金髪を照らす。完璧に整った顔と凛とした佇まいに、リヒャルドはどきっとする。

「綺麗だ……」

 弾みでリヒャルドの口を衝いて出た言葉。すると、みるみる彼の顔が赤くなる。

「わっ、い、いやなんでもない! マジかよ……じゃあ俺、レイモンドだと勘違いしてオリアーナ嬢に、あんなことやこんなことを……」