呪文を唱えると、二人は淡く光る石の中に取り込まれた。
気がつくと、目の前には森が広がっていた。針葉樹が立ち並び、その隙間を縫うように低木が生い茂っていて。
「わっ」
「――危ない」
躓いてよろめくと、彼に抱き留められる。その瞬間、ふわりと麝香の匂いが鼻を掠めた。彼の手に支えられながら、よろめいた体勢を起こした。
(セナの匂い……)
なぜか、胸が切なくなる。普段、よろめいた女の子を助けることはあっても、こうして助けられることがないオリアーナ。些細な行為だが、妙に落ち着かない心地になる。彼の手は骨ばっていて、オリアーナよりずっと大きかった。
「大丈夫? 足元、気をつけて」
「う、うん。ありがと」
オリアーナはセナの後ろを歩き、戦闘に適した開けた場所へ出た。
「いた。たぶん俺らの相手はアレだ」
「アレが……敵……」
五日目の試験は、戦闘の実技試験。四日目のテストの成績に応じて二人一組となり、この異空間で実力相応の敵と戦う。
外から教師が異空間の様子を見ており、あらゆる行動が評価対象になる。
(ってことは……さっきセナと手を繋いでたところも……見られてるのか。恥ずかしいな)
ぶんぶんと顔を横に振り、気を引き締める。オリアーナたちの相手は、人間より一回りも二周りも大きな獣だった。
ふわふわと柔らかそうな茶色い毛。
漆黒のつぶらな瞳。
半円を描く小ぶりな耳。その姿は……。
「熊……のぬいぐるみ……?」
始祖五家の敵は一体どんな強者かと警戒していたら、目の前に現れたのはおもちゃ屋のショーウィンドウに並ぶテディベアのような、なんともファンシーな熊だった。おまけに、首元に赤いリボンまで巻いている。
オリアーナが拍子抜けしていると、セナが冷静に説明した。
「異空間や敵は、対象者の脳内のイメージが反映されるんだ。お前は案外、メルヘンチックや想像力の持ち主だね」
昨日のテストで生み出したひよこのような生き物もメルヘンチックだったので、セナの指摘はあながち間違っていないのかもしれない。確かにオリアーナは、可愛いものは好きだ。