準備室を出たあと、手が震えていることに気づいた。震える指先に視線を落として呟く。

「私が、次期聖女……」
「リア……」
「どうして私に教えてくれなかったの? セナは呼び笛のことを知っていたんでしょ」
「……」

 セナは切なげに愁眉した。
 聖女に選ばれることは名誉なことだ。けれど、必ずしも喜ばしい訳ではない。なぜなら聖女は、国に生涯をかけて奉仕し続ける義務があり、歴代の聖女たちは、皆――短命だった。神聖な気をまとうため魔物に狙われやすく、多くが戦場で命を散らす。

 また、召喚術を国で唯一使える聖女だが、自身の力が弱ければ対象を従えることができない。
 過去には、召喚した幻獣が暴走し、襲われて殉死した聖女もいた。オリアーナは魔法が使えないので、よりその可能性が高い。

「私が聖女に選ばれたとしたら、責務を果たすつもりだよ。たとえ危険があったとしても、逃げるつもりはない。民衆を護ることが、始祖五家に生まれた者の使命だから」
「そうだね。リアならそう言うと思った」

 入学式典のときに聞いた叫び声は、呼び笛に反応した幻獣の声だったのだ。もしあのまま召喚が成功したら、オリアーナでは服従させられず、他の生徒たちに危害を加えていたかもしれないのだ。そう思うと、背筋に冷たい汗が流れた。

 もし今「私が次の聖女です」と名乗り、前線に立たされることがあれば、オリアーナは殉死まっしぐらだろう。

「何かいい方法があるかもしれないから、悪いように考えるな。上手くいく方法を一緒に模索しよう。俺が力になるから。大丈夫」

 藍色の瞳がまっすぐこちらを見据えている。動揺していた心が、少しずつ落ち着いていく。セナはいつもほしい言葉をくれるし、それが心にすっと入り込んでくる。

 ゆっくりと息を吐いた。

「そうだね。君のおかげで少し落ち着いたよ。……セナは、優しいね」
「誰にでも優しくしてる訳じゃないよ。リアにだけだから」
「え……?」
「俺はお前のことが好きだから」