「よ、よくやったわね……! オリアーナ!」
「でかしたぞ。さすがは我が子だ!」

 あまりの変わり身の速さで、ちょっと気持ちが悪い。すると、レイモンドが両親を引き剥がした。

「今更よくそんな態度が取れますね。どこまで浅ましい方なのでしょう。いっそ笑えてきますね。――次期聖女様に軽々しく触れないでいただけますか。アーネル夫妻」
「は……?」
「彼女への不敬は、たとえ血の繋がった両親であろうとも容赦しません。始祖五家アーネル公爵家新当主として」

 レイモンドはそう言って、袖を巻くって手首に刻まれる金色の十字の紋章を見せた。

 始祖五家の爵位継承のルール。それは、手首に十字の紋章を持つ人が、当主を務めるというもの。ついこの間、薄く現れ始めていたレイモンドの紋章は、今はくっきりと刻まれている。

 レイモンドが更に続ける。

「もうあなたはこの家の主ではありません。新たな当主として命じます。――すぐにこの家を出て行ってください。次期聖女候補だった方に、不当な仕打ちをしていた件はいずれ知れ渡るでしょうね。あなた方は世間から白い目を向けられながら反省してください」

 父親は慌てて手首を確認する。彼の手首の紋章は消失していた。普通、紋章は死ぬまで消えない場合が多く、当主の死亡とともに代替わりになるのだが、父の場合は、神に始祖五家当主の資格なしと見做されたのだろう。

 聖女の娘への仕打ちが露見し、息子にも絶縁されたと知られれば、間違いなく社交界での立場を失うだろう。プライドが高い人たちだ。周りからの批判に耐えられるとはとても思えない。

「――金輪際、姉さんや僕の目の前に現れないでください」

「はははっ、どうして俺たちが出ていかなければならないんだ! 父親だぞ……?」
「そうよ。私たちは一生懸命あなたたちのことを育ててきたのに、出ていけなんて……そんなのあんまりよ」

 しかし、レイモンドは聞く耳を持たなかった。

「姉さん、部屋へ戻りましょう。両親に残す言葉があれば、自由になさってくださってかまいませんが」

 オリアーナは両親を見据えた。顔を青白くさせて、「許してくれ」とみっともなく縋ってくる彼ら。今まで横柄な態度を取ってきた彼らの情けない姿に肩を竦め、彼らの前に立った。

「……私はずっと、あなたたちに認められたかった。生まれ損ないでも、大事な娘だと……思われたかったんです。もしかすると、だからあなた方の顔色を伺っていたのかもしれません。でももう、いいです。両親から与えられなかった愛情は、他の人たちがめいいっぱい与えてくれましたから。もう私も、両親に愛情を求めるのはやめます」
「そんな……っ。愛してるわ! オリアーナ!」

 口先だけの愛で救いを求める母。オリアーナは苦い表情で目を逸らして、「お元気で」と別れの言葉を告げ、踵を返したのだった。――オリアーナを養子にしたいと打診してくれた、ガードル夫妻に会いに行くことを決意して。