「愛華ちゃん、結婚するんだって?」


ARIAでも美鈴からまず聞かれたのはお嬢のことだった。


「・・・いや、まだ結婚するかは」


「いやいや。縁談なんだからほぼ決まったも同然でしょ?」


本当にその通りだった。


向こうから話が来たのだから、こちらが受けた時点でゴールは決まっている。


そんなこと分かっているのに、どこかで「お嬢はきっと断る」と期待している自分がいた。


「……だいたい、どこから聞いたんだよこの話」


「ちょっと、小耳に挟んでね」


彼女が髪を耳にかける時、キラッと何かが光るのが見えた。


右手の薬指にシンプルなダイヤの指輪がはめられている。


普段こんなのつけていなかった。


「店にアクセサリー付けてくるの珍しいな。客から?」


「違うよ。言うなれば……ある(ひと)からの覚悟の証、かな」


覚悟、か。


そういえば、匠も覚悟がどうとか言っていたけど・・・いやまさかな。


最近俺の周りは〝覚悟〟が流行っているらしい。


なんだか俺は自分が意気地無しだと言われているようで耳が痛かった。
 

「愛華ちゃんのこと、部外者の私が口出すつもりはないけどさ。でも何よりあんたが後悔しないようにね」


急に優しい言葉をかけられると、どう反応すればいいかわからなくなる。


年の差とか立場とか、自分であれこれ理由だけ並べて、お嬢に向き合おうともせず、その努力もせずに突き放したのだ。


自分がこんな格好悪い男だとは思わなかった。


俺は何も言うことができず、ただただ美鈴からの言葉を黙って噛み締めていた。