○試着室

七瀬(「かわいい」って言われるのが、嫌いだった。)

 試着室から出る七瀬の後ろ姿。
 店員さんの笑顔。

店員「わぁ! かわいい! とてもお似合いです!」


七瀬(なんだか、下に見られてるというか、舐められている気がして)
七瀬(でも)


 振り返り、試着室奥の鏡を見る七瀬。
 七瀬の全身。
 フリルのついた、ガーリーな服。

七瀬(今はもう、そんなことどうでもい)
七瀬(だって、私は)


 走る七瀬。電車に乗り、降り、また走り、とある塾の前に到着。

○塾の前(夕方)

 七瀬、きょろきょろ回りを見回し、蒼佑を発見。

七瀬「あの!」

七瀬に後ろから声をかけられ、振り返る蒼佑。びっくりした顔のアップ。七瀬、息を整えて蒼佑を見上げる。

七瀬「ずっと好きでした。私と、付き合ってください!」

 蒼佑、目を丸くする。

蒼佑「え。えっと」
七瀬「あ、怪しいものじゃありません! 私、塾がいっしょで、クラスは違うけど、ずっと憧れてて、それで…」
蒼佑「いや、怪しいとは思ってないけど」
七瀬「お願いします!!」

 七瀬、頭を下げる。

蒼佑(うわ、意外に強引)

 道行く人が何事かと七瀬をジロジロ見ている。
 蒼佑、七瀬の耳が真っ赤に染まり、少し震えているのに気づく。
 ふっと微笑む蒼佑。

蒼佑「わかった。いいよ」
七瀬「えっ」

 七瀬、顔を上げる。

蒼佑「君のことまだ知らないし、とりあえず、お試しってことでもいいなら」

七瀬、ぶんぶん首を前後に動かして頷く。
蒼佑、困ったように笑う。
七瀬、顔を赤らめ、ふわっと幸せな表情。



○教室(翌日の朝)

 七瀬の友人・有加とほのかのアップ。

有加・かえで「え、まじで言ってる!?」
七瀬・「マジマジ、大マジ〜」

 にんまりと笑う七瀬。

かえで「分かりやすく浮かれてんなぁ」
有加「そりゃ、あの岡田蒼佑の彼女になれるなんて、浮かれるよねぇ。七瀬ちゃん、ずっと好きだったわけだし」
かえで「え、今更だけど、ソイツそんなすごいの? 確かに顔はいいけどさ」
有加「背は高いし、頭もめちゃくちゃいいし。あまたの女子が告白しては撃沈して、『女嫌い』って噂立ってたけど……。七瀬ちゃん、いったいどんな手を使ったの?」

 七瀬、有加にスマホを手渡す。画面を見て、目を丸くする有加とかえで。
 スマホ画面には、告白時のガーリーな服を着た七瀬の姿。有加とかえでは、スマホ画面と目の前の七瀬を見比べる。

七瀬「可愛いでしょ?」
有加「可愛いよ。可愛いけど……」
有加・かえで「キャラ違いすぎるし!!」
有加「七瀬ちゃん、こういうお洋服毛嫌いしてたじゃん!ふだんの私服、こっち系じゃん!」

 有加スマホ画面を見せる。画面には、クール系のメイクとファッションの七瀬の姿。

かえで「これで告白してOKもらったってこと?それってどうなの?」
七瀬「いや、これには深~い理由があってさ…」


〇回想① 一年前。塾の自動販売機コーナーの前。七瀬が蒼佑を好きになったきっかけ。

 自販機から出てきた無糖コーヒーのペットボトルを苦い顔で見て立ち尽くす七瀬。
 そこに、蒼佑がやってくる。
 硬貨を入れ、カフェオレのボタンを押そうとする蒼佑に七瀬が声をかける。

七瀬「あ、それ、押さないほうがいいですよ!」
蒼佑「え?」
七瀬「今、それ押して、出てきたのがコレ。」
蒼佑「あー……」
蒼佑の反応にうなずく七瀬。

蒼佑「もしかして、ブラックコーヒーは苦手?」
七瀬「え。まぁ……好きではないけど」
蒼佑「やっぱり。なんか、複雑な顔でコーヒー見てんなぁと思ってたんだ」

蒼佑、自販機の商品を一通り眺めて、ミルクココアを指さす。

蒼佑「これ、飲める?」
七瀬「え?」
蒼佑「オレがこれ買うから、そっちのと交換しよ」
七瀬「えー!そんな、悪いよ!」
蒼佑「いいよ。オレは無糖もいけるし、値段も一緒だし」

蒼佑、ココアのボタンを押す。取り出し口から出てきたのは、おしるこ。

七瀬、蒼佑「おしるこ!!!」

七瀬と蒼佑、顔を見合わせて爆笑。

七瀬、笑いながら、蒼佑を見る。ちょっと赤い、恋に落ちた瞬間の顔。

(回想①終わり)

七瀬(あの時、思ったんだ。この人しかいない、この人が、わたしの運命の人だ。こんな風にずーっととなりで笑っていられたら、どんなに幸せだろう、って)

七瀬(だけど、現実は厳しくて。塾のクラスも違うし、いつも友達に囲まれてるし、女キライって噂まであって、遠くから見つめることしかできなかった。でも)

○回想➁ 塾の近くのコンビニ(夜)
 七瀬が、コンビニに向かおうとしたところで、蒼佑が友人と出てくる。思わず隠れる七瀬。

蒼佑の友人が、コンビニ前の女性アイドルのバナーを見る。

友人「なんか、また新しいグループできたんだなー。オレもうついていけないわ」
蒼佑「オッサンかよ」
友人「え、蒼佑ついていけてる?」
蒼佑「いや、ぜんぜん。でも可愛いじゃん。見てるだけで癒されるわ」
友人「マジで?意外だわー」

 蒼佑、ふっと笑ってしゃがみ、小さな野良猫を撫でる。

蒼佑「知らなかった?オレ、可愛いもの好きなんだよ。めっちゃ癒される。今日みたいに勉強漬けで疲れてる時は特に。ねー」

 蒼佑、子猫を抱き上げて、優しく見つめ、話しかける。

 それをこっそり見ていた七瀬。赤面。

七瀬(子猫になりたい…。子猫になって、あんな優しい表情で見つめられたら、どんなに幸せだろう)

 七瀬、アイドルのバナーと子猫、そして自分の洋服(シンプルなデザイン)を見比べ、何かを決意した表情になる。

(回想➁終了)


七瀬「と、いうわけで、『可愛い』に全振りした服を購入、見事、彼女(仮)の座を手に入れました!わたし、これからこっちのキャラで行くからよろしく!」

 有加とかえで、顔を見合わせ、ため息。
かえで「七瀬さー……」
七瀬「いわないで」
 何かいいかけたかえでの言葉をさえぎる七瀬。
七瀬「なんか色々間違ってるなーとは思ってるよ。でも、どうしても彼と付き合いたくて、そのためには、こうするしかないの」

 真剣な表情の七瀬。

かえで「自分のポリシー曲げてまで?」

 かえでも真剣な表情。

かえで「昔から背が低くて童顔でかわいくて、でも性格はさっぱりしてて男っぽくて、『かわいい』って言われるのがイヤで、似合いもしないギャル系ファッションを選ぶややこしい女、それが七瀬でしょ」
七瀬「え、似合ってなかったの、私?」

 七瀬が有加を見る。有加、困ったなーという笑顔。

かえで「でも、いいんだよ。似合ってなくたって、七瀬が好きで選んだものなら!」

 七瀬とかえで、真剣な表情で見つめあう。

かえで「本当にいいの?自分を偽って、そんなんで幸せな恋ができるの?」

 七瀬、目を見開いて、かえでを見つめ、小さくうなずく。

七瀬「ありがとう、かえで」
七瀬「でも、きっと大丈夫。好きなファッションも、自分の小さなプライドも、そんなのどうでもよくなるくらい、彼が好き」

 かえでと七瀬、見つめ合う。

かえで「……分かった。そこまでいうなら、もう何も言わない。」
七瀬「ありがとう、かえで!有加も!」
有加「え? 私、オマケ感ハンパなくない!?」
七瀬・かえで・有加、笑う。

七瀬(そう、この時、私は本気で思ってた。彼のためなら自分を変えても構わない、って。そんなことより、彼とのこれからにワクワクしてた)

七瀬「あ、ヤバッ。トイレ行ってくる」

 慌ててトイレに行く七瀬を見送るかえでと有加。

有加「大丈夫かなぁ、七瀬ちゃん…」
かえで「大丈夫なわけないでしょ」

 難しい表情の2人と浮かれ切った七瀬の笑顔。

七瀬(私はなんてバカだったんだろう。嘘つきが、幸せになれるはずなんてないのに)