白い菫が紫色に染まる時

今の言葉で、彼がいったい何の話をしたいのか更にわからなくなった。
核心をつかめない。けれども、彼は至って真剣に話している。

「え、何ですか。突然。結婚ってことですか?第一、私は誰かとお付き合いしたこともないですし。好きという感情事態あんまりわかってないんで・・・・・」

気づいた時にはもう遅かった。
腕を引っ張られ、抱きしめられた。
あまりにも、突然で、あまりにも自然に引き寄せられたので、拒絶する暇もなかった。

「好きって、こういうことだよ」

彼にそう言われた時も私は困惑のまま立ち尽くしていた。
その間に彼は「俺、本気だから。」と言って去っていった。

一人部屋に立ち尽くした私は無意識のうちに涙をこぼしていた。
反射のようなものだった。
悲しかったのだ。キスされたことに傷ついたわけではない。
自分に驚いたのだ。人として好意を持っている人にそう言われて、胸が高まらなかった。
胸が高まらないくらいなら、まだマシだ。何も感じなかったのだ。
嬉しいとも気持ち悪いとも何も。





「ごめんなさい。」
あの昨日の彼の言葉は、ただ気持ちを伝えただけだったのか、お付き合いの誘いだったのか、それともただ酔っぱらっていただけなのか。
迷ったが時間を置くといけないことだけは確かだったので、私の思いを正直に伝えることにした。
そして、彼の家に訪ね、彼がドアから顔を覗かせたのと同時に私は謝った。

「楓さんだからダメってわけじゃないです。多分、誰が相手でもダメなんだと思います」

ずっと私はこのことに気づかないふりをしていたのかもしれない。
今回の件でその事実が浮き彫りになってしまった。
自分でも自分のことをつい最近まで理解できていなかったのに、こんな言葉で私の思いが、彼にしっかり伝わったのだろうか。

「なんかよくわからないけど、要するに俺とは付き合えないってことだよな。ん、わかった。」

そう言った彼は意外にもさっぱりしていた。

「見返りを求めないで誰かを好きになったのも、失恋したのも初めてだったから・・・。ありがとう、お前のおかげでなんか変われたような気がする」
「うん・・・」
「まあ、あの美術館行った日にお前に良い人だと思ってるって言われてから、俺に気がないことはわかりきってたけどな~」

私はありがとうと言われたことに驚き戸惑いながらも、彼に合わせて笑うしかなかった。
整理のついていない頭で必死に笑っていた。