白い菫が紫色に染まる時

「それでも、蓮さんは気づけた。菫が一人で抱えている寂しさに」

強い風が私たちの間を通りすぎる。

「菫がここを旅立つとき、戻ってこないかもしれないって何となく感じてたんだ。でも、何でそう感じるのか、その理由がわからなかった。知ってたら、ちゃんとその理由を理解できてたら、今違ってたかもしれないな」

確かにあの時点で私の父親へのトラウマや恐怖を理解して、察してくれて、手を差し伸べてくれる人がいたら、私はこの場所から出たいと思わなかったかもしれない。
東京に出て、一人で自立して生きていきたいなんて思わなかったかもしれない。
きっと、ここが私にとって一番暖かいと感じる場所になっていただろう。
そしたら、ここで誰かとただ結婚して終わる人生に満足していたかもしれない。

「そうかも。違ってたかもしれないね。でも、私は遠回りになったけど、こうして、この場所と向き合って過去にけりをつけられたし。私は今の生き方に満足してる」
「そっか・・・」
「うん」

出来るだけゆっくり歩いていたが、それでも私の実家に到着してしまった。
ここでお別れだ。
私はかかさず、借りていた白いマフラーを返す。

「これ、ありがとう」
「あ、うん。どういたしまして」
「もう、明日には東京帰るから」
「じゃあ、ここでまたお別れか・・・」
「うん・・・・。またね」

私がそう言うと彼は少し無言になった。

「うん。また。蓮さんとお幸せに」
「何、急にかしこまって」
「いや、言えてなかったから。結婚おめでとうって」
「そっか・・。じゃあ、白澄もお幸せに」

お互い心の底からお互いの幸せを祈った。
心の底からふっきれたような笑顔を浮かべながら。
いつぶりだろう。白澄の前で本来の自分でいられたのは。
一瞬だけ、高校生の時に戻った気持ちになった。
彼の背中が雪景色の中に消えてゆくのを見送った。
彼は白い世界に消えていった。目を凝らしても、もう、あの背中は見えない。

「ただいま」

帰宅したが、返事が返ってこない。
まだ、母親は眠っているのかもしれない。
今日の疲れが溜まったのだろう。私はキッチンに向かい、先ほど買ってきた食材をレジ袋から出して、うどんを作り始める。
十五分ほどで出来上がり、完成したころでちょうど母親が起きてきた。

「あら、菫帰ってきてたの?」
「うん。ちょうど、できたけど食べる?」
「食べる。ありがとう」